第18話 揺るがない気持ち
ボリィは仮眠から目を覚ますとテレビをつけて買い置きのサンドウィッチとミルクを腹に入れた。テレビに映しだされているものを見ながらつぶやいた。
「へぇー、謎の光ねぇ。次はSFにでもするかな」
それからさっき撮ってきたばかりのビデオの編集をするためパソコンに向かった。
あくびをしながら作業を進めていると画面に奇妙な現象が映っているのに気がつく。
突然の光がその場をおおったあと、籠に入っているネコが消えてシマリスもそのあと消えているというものだった。
「え?」
ボリィは時間を巻きもどしてふたたび確認した。
籠からネコがいなくなったのは、ボリィたちがお化けに着替えて籠を運ぶシーンを撮っているとき、そのふたりが転んだ衝撃で籠の鍵は一時的に壊れてネコはそのあいだに逃げ出した。
中古で暗証番号式だったためにそうなったのではと3人は納得して、その夜は解散となった。
しかし、ビデオに映っているのはその場からネコは動かないで消えているということ、シマリスも同様に消えている。
作業をやめて、あごをさわりながら渋い顔をするとボリィはギャズとルーブに電話をかけた。
「……ギャズか? ボリィだ。実は……」
ピアメイトリィの森では、以前にも増してククジェルはいらだちを見せていた。
傷を負っていないとはいえ、ニャミィをガルマみたいに殺そうとしたからだ。
ニャミィは寝たまま動かないでいる。ククジェルは側によってその顔をながめていた。
「ニャミィ……」
その体はときどき震えている。一度でも強い恐怖を心に宿すとそれは敵となってあらわれる。
楽しいとき、喜んでいるとき、幸せのとき、いつでもその心を傷つけるように狙っている。
その恐怖を思い出させるように。
恐怖の牙が心を引き裂く瞬間、息は止まり呼吸困難になる。どんなときでもその場は恐怖に変わる。
ニャミィのそんな体の震えを感じ取ったククジェルは振り返り走り出した。それは力強く意を決したような行動だった。
ガルマはククジェルをあわてて呼び止めた。
「おい! ククジェル止まれ! 一体どうした?」
「ぼく、収容所にいる仲間たちを助けに行くよ」
「待て! 危険だ!」
「大丈夫だよ。ぼくには魔法があるから」
「その過信が危険だって言っているんだ」
「もう、これ以上人間たちの好き勝手にはさせられないよ」
「気持ちはわかるが早まるな」
「ガルマは仲間たちが人間たちの手によって殺されるの平気なの?」
その質問に対してガルマは自分が死んだときのことを思い出した。
熱く焼けつくような痛みから、どんどん冷たくなっていく体。弱きものが強きものに抵抗できない虚しさを。
「いや」
「だったらわかるでしょ」
「わかるが、お前の魔法が人間たちにバレたら、それを狙ってお前を探しにくるんだぞ。助けた仲間だって危険になる」
「大丈夫だよ。ぼくがみんなを守るから」
ガルマはそれ以上なにも言えなかった。
ククジェルから湧きでてくる怒りの感情を止められなかった。どんな言葉を投げかけても、一度決心したものは揺るがない。
仲間たちを助けたい。その想いだけがククジェルを支配していた。
オープンカフェでボリィとギャズとルーブは話し合っていた。ノートパソコンを広げて未明に撮ったものを見ている。
ボリィは「これだ!」と指をさしながらその流れていく映像を指摘した。それを見てギャズとルーブは目を丸くした。
一呼吸してギャズは言った。
「消えている? これは、もしかして……」
ボリィはカフェオレをひと口飲んで答える。
「そうだ、消えているってことは、この前あった事件で収容所から動物たちがいなくなったっていうのと被ってないか。現象が」
するとルーブがポテトフライを摘まみながら言った。
「でも、あれって強盗犯かなにかの仕業だったんじゃなかったっけ?」
「表向きはな、だが、このシマリスを見てみろ」
スローモーションを起動させてククジェルの動きを3人は注意深く見た。
ククジェルの体が黄色く光ると閃光が画面をおおった。その衝撃でギャズの持っているビデオカメラは揺れた。それで画面に映るククジェルとニャミィはブレている。
ふたたびククジェルが体を光らせると今度はニャミィが消えた。そのあとを追ってククジェルも消える。
「え? ネコとシマリスが消えたわ」
目をぱちぱちさせてルーブは言った。
「そうだ、シマリスの体が光ったあとこのような現象が起きているってことは」
「シマリスが閃光を出したりネコを消している?」
黙ってボリィはうなずくとギャズはにやりとしながら言った。
「またまたご冗談を、監督が編集で手を加えたんでしょ」
「いいや、これは加えてない。編集する前にお前の撮ったビデオを一通り見てからにするんだ。そのときに気づいたからな。それにこの閃光だって今日ニュースになっていた謎の光と被るだろ」
あっ!? と、口を開けて信じられないとギャズは驚いた。
ルーブはボリィにたずねた。
「それで、監督はどうするんです? 中止ですか?」
「いや、このまま映画にする。中止にはしない」
「ではこの現象をそのまま使うってことですか?」
「そうだ、そのまま使ったところで編集で手を加えたとしか思わんだろう。審査員は」
「そうですね。それで、次はどういったシーンを撮るんです?」
「次はシマリスの能力を知った人間たちがそれを捕まえようとするシーン、かな」
二ッと笑顔を見せてからボリィはカフェオレを口に運んだ。
ルーブは紅茶をすすりながら考えた。
ギャズは目を輝かせながら、何度も巻きもどしてシマリスたちが消えた映像を見ている。
「では、また森に行ってシマリスを探しだして、それをわたしたちが捕まえるってことですか」
「そうだ、これから網を買ってそれで捕まえに行く」
全速力で収容所に向かうククジェル。その足取りは迷わず目的の場所を目指していた。
収容所の門の前にきてそこを登りフェンス沿いを走って行き建物の前に身を潜めた。
「なあ、ククジェル。本当に助けるのか?」
ガルマは聞いた。
「うん」
ククジェルは即答する。ガルマは小さくため息をついた。
「だったらもっと慎重に行動したほうがいい」
「どうして。早く助けないと、人間たちになにされるかわからないんだよ」
「それはそうだが、あいつらだってバカじゃない同じミスをしないように対策をしているはずだ」
「それでも助けたいんだよ。たとえ罠があっても」
ククジェルは前やったみたいに窓を開けてなかに入った。
そこには檻に入れられている仲間たちがいる。いたずらに時が過ぎるのをただ待っている仲間たちが。身動きが取れず、ずっと同じ場所で同じものを見ているそんな姿を目にすると、ククジェルの心は苦しく辛くなっていくのだ。
そんな場所にはいさせられないと思い、ククジェルは仲間たちの前に飛び出した。
「ククジェル、助けにきてくれたんだね」
ライラが尻尾を振りうれしそうにする。
「うん、でも、みんなを助けたとしても、また人間たちが森に捕まえにくるかもしれない」
「どうしてだい」
「人間たちを森にこさせないようにさせる方法が見つからなくて。それに一刻も早くみんなを助けたかったんだ」
「……そうかい」
すると茶色の雄ネコが言った。
「俺たちは大丈夫だ。人間たちが森にきたとしても、今度は捕まらないように作戦を考える……」
「そうだよな」と、ほかの動物たちをうながす。
それに反応して「大丈夫だ」とか「捕まらない」などの言葉が飛び交った。
「わたしたちのあいだじゃさ、外に出してもらえずにいなくなった仲間もいるんだ。その仲間は檻から出されてどこかに連れて行かれた。それでもう二度とここへはもどらなかった。人間の誰かがわたしたちを飼おうとする場合はなかに入ってきて、仲間を籠に入れて連れて行ってくれるんだよ、本当はさ。でもここで食事をあたえてくれるやつが連れ出した場合は……」
ライラの言葉にみんなが落ち込んだように黙り込む。
ククジェルはそれを聞いて悲しさやいきどおりを感じた。
「だからさ、ここから出ても次は捕まらないようにわたしたちでなんとかするからさ」
「うん、ぼくもみんなを守れるようにがんばるよ」
そう言ってククジェルは一呼吸したあと、檻に入れられている仲間たちをピアメイトリィの森へ送った。
ククジェルも魔法で森へもどろうとしたとき職員たちに見つかった。
あの事件以来、収容所には防犯カメラを取りつけていた。職員たちは防犯カメラに映っている現象を見てやってきたのだ。
職員たちの手には網のついた長い棒が握られている。
すると職員のひとりが言った。
「あのシマリスだ! 捕まえろ!」
そのようすを見てガルマはククジェルを急かした。
「ククジェル、早くここから逃げるだ!」
「うん」
ククジェルはここから抜けだして森にいる自分をイメージしようとした。が、職員たちによって網がククジェルの体を捕らえた。
何重にもなった網がククジェルの体を絡ませる。
イメージが途切れてワープができない。
「どうした? ククジェル」
「集中が、できない」
「魔法が使えないのか?」
「そうじゃなけど……」
ククジェルはワープを捨ててほかのことをイメージした。それは自分がこの網を突き破り抜け出すイメージ。
小さな体は黄色く光り網を突き破った。
その衝撃で職員たちは吹き飛ばされた。ククジェルはそのまま収容所の外に出るため壁を突き破るイメージを試みた。
壁を突き破りククジェルはそのまま森に向かって走って行った。
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