第15話 魔法が使えない攻防

 ルーブはまぶしそうに空を見ながら深呼吸をした。


「ふう、だいぶ気持ちも落ち着てきたわ。まだすこし気持ち悪いけど」


 そう言って収容所へと歩き出す。それから振り返って森をながめた。


「あのふたりまだかしら。まったく、だらしないふたりなんだから」


 歩いて門まで行くとその門は閉まっていた。ルーブはその周辺を注意深く見ていった。すると収容所をおおっている金網の一部が破られているのに気がついた。


「ここを通って行ったのね。あのネコ」


 ルーブはビデオカメラを収容所に向けて地面に置き、門に背もたれしてその下の出っ張りに腰を下ろした。



 ククジェルはルーブを追っているうちに森の外へ出た。そして収容所の近くまできていた。


「あっ! あそこにいるよ」


 ルーブを遠くで見ながらククジェルは言った。


「ああ、どうやらニャミィのやつはここにきているみたいだな」

「どうする? ガルマ。ニャミィを見つける?」

「いや、あいつらがなにをするかわからないからな、このまま見張っているんだ」

「うん」


 すると後方で走ってくる音が聞こえてきた。ククジェルは木に登りその場のようすをながめた。



 ギャズのあとにボリィがついてくる。ふたりはルーブの前にきて息を切らしている。


「はあ、はあ、ネコは? シマリスは?」


 ボリィが聞くとルーブは首をかしげて返した。


「シマリス? きてないわ。ネコはこの収容所のなかに入って行ったけど」

「そうか、はあ……」


 ギャズは地面に置いてあるビデオカメラを持ち上げた。それから収容所を撮り始める。


 一息つくとボリィは言った。


「よし、じゃあなかに入ってネコを捕まえるんだ」


 それを聞いてルーブは質問した。


「監督。どうやって入るんです? 門が閉まっているんですが」

「そうか、じゃあ、そこにあるブザーを押して誰かを呼んでくれ」


 ルーブは疲れたように立ち上がると門のわきについている呼び鈴を鳴らした。しばらくすると作業服を着た男性がやってきた。その人は収容所の管理人兼所長などをこなしている。


「はい、どちらさまですか」


 するとボリィがそれに対応する。


「あのう、実は私たち映画を撮っている者ですが、収容所を撮影したいので、その許可をもらいたいんですが」


「はあ、撮影ですか……」


 管理人は収容所のほうを一度振り向いてから言った。


「建物周辺なら許可しますが。内部のほうはちょっと」

「周辺? それでも結構ですよ。撮らせてくれればいいので」

「そうですか、では」


 管理人は門を開けて3人を通した。


「どういった映画をお撮りになっているんですか?」


 管理人が聞くとボリィは頭をかきながら答えた。


「えーと、動物ものを」

「動物ですか」

「ええ、ですから一応こういった建物も撮っておきたいので」

「そうですか」


 玄関前まで行くと管理人は言った。


「では、私はなかにいますのでなにかありましたら言ってください」

「ええどうも」


 管理人がなかに入っていくのを確認して、3人はまずネコから探すことにした。


「ギャズ、とりあえずカメラを回しておけ」

「はい」


 ボリィに言われてギャズは収容所などを撮りながら歩いた。


 ククジェルは3人を追って収容所の敷地内に入る。


 3人は建物の角を曲がった。すると「あっ!」とルーブが声を発した。ネズミが足元を通り過ぎて行き、そのあと追ってきたニャミィがルーブの足にぶつかってきてそのまま倒れた。


「あ、ネコだ!」


 ボリィが叫ぶと同時にニャミィの体を両手で捕まえた。


「あ! ニャミィが」


 ククジェルが言うとガルマが続いた。


「ああ、早く助けに行くんだ」

「うん」


 ククジェルはボリィたちの目の前に出て行った。


「あ! あのシマリスだ! ルーブ、捕まえろ!」


 ボリィに言われルーブはククジェルを捕まえようと両手を伸ばした。


 それをするりとククジェルはかわすとルーブの頭の上に駆け登る。そこから飛んでボリィの顔に体当たりした。


「うっ!」


 その拍子にニャミィが手から離れる。ニャミィは逃げて窓から収容所内に入って行った。ククジェルもそのあとを追う。


「あっ! ネコが!」


 ボリィはその窓まで走り出してなかのようすをうかがった。あちこちに目を走らせながら捜している。檻に入れられている動物たちだけがボリィの目に映った。


「クソッ! どこ行きやがった」


 そこにいる動物たちはククジェルたちが入ってきたのを見て声をかけた。


「ククジェルにニャミィ、また助けにきてくれたんだね」

「早くここからだしてくれ」


 檻から出たそうに動物たちは前足を伸ばしてくる。


 ククジェルは言った。


「助けたいのはやまやまなんだけど。いまはまだ助けられないんだ」


 そう言われた瞬間、一斉に動物たちの不安な声が室内に響いた。


「静かにして!」とさらに大きな声がその場を制した。辺りは一瞬にして静かになった。


 その声を発したのは耳の垂れた雪のように白い大きな雌イヌだった。


「わたしはライラ。すまないねぇ、みんなここにいるのが不安なんだよ。だから助けられないと聞いてみんなが取り乱したのを許してくれ」


 ひとつひとつの小さな檻のなかで黙って下を向いたり、うずくまったりしている。そんな仲間たちの姿を見てふつふつとなにかが湧き上がってくるのをククジェルは感じていた。


「なにか理由があるんだろ」


 ククジェルは仲間を怯えさせないように語りかけるように話した。


「いまみんなを助け出すことはできないだ、それは、また人間たちが森にきて捕まってしまうかもしれないから」


「捕まる? どうして」

「ぼくたちのにおいを嗅ぎつけてくるからなんだ。だからいまは助けられない」

「じゃあ、いつ助けてくれるの」

「ここからみんなを助けても、もう人間たちが追ってこないようにしたら」


 そこで会話は止まり動物たちは静かになった。


「じゃあ、ここになにしにきたんだい?」とライラは聞いた。


 ククジェルはその経緯を話した。


 人間たちが奇妙な物でこの場所の記憶を残していること、それを見れば捕まっている辛さを知ってもらって、ここから出しても、もう人間たちが捕まえにこないようにできるかもしれないことなどを説明した。


「……だから、もう少し待ってて」

「ああ、でも、できるだけ早くして、わたしたちの行きつく先はこの場所での強制的な死なんだから」


 燃えるような心が動き、力強くククジェルは言った。


「うん、必ず早く助け出すよ」


 ククジェルたちはそこから出ようと窓を見た。そこにはなかをのぞいているボリィたちがいた。


 ボリィはギャズに言った。


「ギャズ、このなかを撮っておけ」

「え? でも監督、内部を撮るの禁止のはずでは」

「少しくらい構わんだろ。素材だ素材」

「はあ」


 ギャズはカメラをなかに向けた。


「ちょっと!」


 管理人が強い剣幕でボリィたちに近寄ってきた。


「なかは撮影禁止だよ」


 ボリィはその言い訳をした。


「いやー実はなかにネコが入って行ったのを見たので、それで、そのーうちのネコなんです。それでしたので、なかをのぞいていたんですが」


「あんたのネコ?」

「はい」

「ふーん、ネコね。いま捕まえてくるから、ちょっと待ってて」


 管理人は室内に入って行きネコを探し始めた。それを見たニャミィはククジェルに言った。


「ねえ、ククジェル。魔法であたしを森に送ってくれよ。もう人間にさわられるの、あたしは嫌なんだよ」


「うん」


 ククジェルはニャミィを森へ送ろうとした。


「おい! 待てククジェル」


 ガルマの声にククジェルは魔法を止めた。


「どうしたの?」

「誰かきた、人間に魔法がバレたら終わりだ」


 その人間に恐怖を与えて逃げ帰らせようと考えたが、しなかった。それはその人間がほかの人間を次から次に呼んできてしまうかもしれないから。そうなれば魔法を使っていることがますますバレやすくなってしまう。


「え? じゃあ……」


 管理人はククジェルたちの前にきてそのようすを見ながら言った。


「なんだ、こんなところにいたのか。飼い主さんが待ってるよ、さあおいで」


 手を広げてニャミィを捕まえようとした。


「ククジェル、なんとかしておくれよ」


 ニャミィは管理人の手を避けながらククジェルに懇願する。ククジェルは管理人の顔に体当たりをした。


「あっ! なんだ?」


 顔を擦りながら管理人はククジェルのほうへ目を向けた。


「なんでシマリスがこんなところに? どっかの隙間から紛れ込んだのか」


 管理人はククジェルを相手にせず、きょろきょろとニャミィを捜している。


「ネコちゃーん、どこ行ったのかなー、出ておいで」


 ニャミィは我慢できずに管理人のわきを通り抜けようと走った。しかし、ニャミィは捕まってしまった。


「ほーら、捕まえた。いま飼い主のもとへ届けるからねー」


 ニャミィは管理人の腕のなかでもがきながらククジェルに助けを求めた。


「汚らしい手でさわらないでよ! ククジェル、助けて!」


 管理人は窓をながめているボリィたちのところへ向かった。


「捕まえてきたよ。ほら」


 管理人はニャミィをボリィに手渡した。そのあいだもニャミィは暴れていた。


「まったく心配させて、いたたた……っはははは」


 ククジェルは管理人の背中を駆け上がり、ボリィの顔に体当たりした。だがビクともしなかった。


「あっ! シマリス! おいルーブ。そのシマリスも捕まえろ!」

「はい」


 ククジェルは素早い動きを見せてルーブの手をかわしていった。


「監督ダメです。すばしっこくて」

「そうか、まあいいや。とりあえずこのネコを籠かなんかに……」


 ボリィは管理人が疑い深そうに見ているのに気がついて言葉を変えた。


「ホワイティ、こんなところまできて管理人さんに迷惑かけちゃダメだろ。今度また逃げだしたら籠に閉じ込めるからな」


 それから管理人のほうを向いて言った。


「では管理人さん、今日はどうもありがとうございました。必要なところはもう撮りましたので、これで私たちは帰ります」


「ああ、そうですか。映画が放映されましたら見に行きますよ」

「だといいんですけどねー、なんせコンクールで賞を取らないと」

「コンクール? そうでしたか、じゃあ、がんばってください」

「はい、ありがとうございます。それでは」


 ボリィたちはその場から離れて収容所を出た。


 ククジェルはそのあとを追った。近づき過ぎつ離れ過ぎずの位置を保ちながら。

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