第10話 ポニーの居場所

 ククジェルはお腹の毛づくろいをしているニャミィに言った。


「ねえ、ニャミィ」

「なんだい、あたしはいま忙しいんだからねぇ」

「あそこにいる人間たちが投げているものを、どれでもいいからここまで持ってきてくれない」


 ニャミィは毛づくろいをやめてそのようすを見た。


 飼い主たちによってボールやフリスビーを投げてもらっている仲間たちがいる。投げた物を捕まえて飼い主たちのところに持っていく。その行動を延々と繰り返していた。


「バカだねぇ、あの種族はなんであんな面倒なことをするんだい」

「ニャミィはやられたことないの?」


 そう言われて、ニャミィは幼かったころのことを思い出した。それは飼い主たちによってふわふわした棒を振ってもらっていたことを。


 ニャミィは夢中でそれを捕まえようと、爪を引っかけようとしたがなかなか引っかからないで、延々と遊んでいたことを思い出した。


「あ、ああ、たしかそんなこともあったねえ。遠い昔の話さ」

「取りに行ってくれる?」

「んー……」


 ニャミィはその場をウロウロしながら考えた。


 このまま取りに行ったらあの人間たちになにされるかわからない。だから見返りがほしいと。


「取りに行ってもいいよ、ただし、あたしに食べ物を出してくれたらね」

「食べ物?」

「そうさ、ただじゃねぇ……」


 そう言いながらニャミィは前足の毛づくろいをした。


「じゃあ、トカゲを出すね」


 ククジェルがそう言うとニャミィはそれを素早く止めた。


「ちょっと待った。トカゲはもう飽きたよ、ほかの食べ物にしてくれないか」

「ほか? どんなのがいいの?」

「そうさねぇ、魚なんてもの出してくれないかねぇ」


 ニャミィは舌なめずりをした。ククジェルは首をかしげて聞き返した。


「さかな?」

「そう、魚」

「うーん、ぼくわからないよ」

「川とかに泳いでいるだろ、見たことないかい。あんたも水飲むだろ」

「うーん……ぼく、泉でいつも飲んでるから、そこにいたとしても見たことないや」

「そうなのかい」

「あっ! ちょっと待って」


 ククジェルはガルマに聞いた。


「ねえ、ガルマ。魚って知ってる?」

「ああ」

「じゃあ、それを芋を出したときみたいにぼくにそのイメージを送ってくれる?」


 ガルマは魚のイメージをククジェルに送った。


「送ったぞ」

「ふーん、これが魚かー」


 ククジェルは魚をイメージして目の前に出そうとした、だが、できなかった。


 何度もそのイメージを描いて目の前に出そうとしても、すぐにイメージが消えてしまう。


「ガルマ、複雑すぎて出せないよ」

「そうか、じゃあ、ニャミィには悪いがほかのにしてくれと頼んでくれ」

「うん」


 ククジェルはニャミィに言った。


「ねえ、ニャミィ」

「魚はどこだい?」


 そう言いながきょろきょろと辺りを見まわした。


 すると、そこに1匹のネズミが家の角を曲がって走って行くのが見えた。ニャミィは素早い動きでそのあとを追って行った。


 しばらくすると舌で口を舐めながらニャミィはもどってきた。


「なんだい、魚じゃなくネズミを出したのかい。まあ、満足したからいいけどね」

「いや、そうじゃ……」


 するとガルマが言った。


「話をニャミィに合わせるんだ、ククジェル」

「う、うん」


 ククジェルはニャミィの満足そうな顔をながめながら話を合わせた。


「そうだよ、ネズミを出したんだ」

「じゃあ、お望みどおり人間たちが投げているものを取ってきてあげるからね、待っててよ」


 ニャミィは颯爽とその場から離れた。


 人間と遊んでいるイヌに近寄っていった。少し距離を取りニャミィはそのようすを伏せながらじっとながめる。隙ができたら投げている物をイヌより素早く取りにいって、ククジェルたちのところまで持って行くようにイメージを繰り返した。


「こうして見ていると本当にバカだねぇー、飼い主が適当なほうに投げた物を走って取りに行って、それを投げた飼い主のところまでもどってきて渡す。そのときにもらえる報酬が小さく切った食べ物。割に合わないじゃない」


 首振り人形のように、ニャミィはその光景をあくびをしながらながめた。


 しばらくして、人間の投げたボールがニャミィの側に飛んできた。ニャミィはそれを咥えてククジェルのところまで走った。


 後方からはイヌがニャミィを追いかけてきている。イヌはニャミィの後ろ姿を見ながら言った。


「お、おい、待て!」


 ニャミィは振り向いて心で言った「誰が待つものですか」と。


 ボールを投げた飼い主はその光景を見てつぶやいた。


「なんだ? ネコ?」


 ニャミィは芝生を走りまわり、ようやくククジェルたちのところへボールを持ってくることができた。


 ニャミィはボールを地面に置いて言った。


「持ってきたわよ」


 そこへ、イヌが追いついた。


「おい、そこの毛むくじゃら、早くその丸いのを寄こせ! 飼い主から食い物がもらえなくなっちまう」


 ニャミィは振り返ってイヌを見た。それからククジェルに言った。


「ほら、あんたの出番だよ」


 ククジェルは、ガサガサと落ち着きなく動いているイヌの目の前に出て行った。イヌはその小さな生き物を見てぴたっと止まり首をかしげた。


「なんだお前は?」


 そう言ってククジェルを物珍しそうに見た。


「ぼくはククジェル。きみは?」

「俺はバウだ」

「君に聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと? それより早くその丸いのをこっちに寄こせ」


 バウは地団駄をしながら忙しそうにしている。


「ぼくの質問に答えたらこの丸いのは返すよ」

「じゃあ、早く言え」

「この辺でバウと同じ種族の子どもを見なかった?」


「子ども? あ、ああそう言えば、飼い主が投げた物を取りに行っていたら、やたらと泣きわめいている子どもの声が聞こえてきて。うるさいから見てみたら。人間たちが子どもを大事そうに抱えていたなぁ、その子は助けて―とか言っていたがな」


「ポニーだ。ねえバウ。その子、どの方向に行ったかわかる?」


 バウはくんくんとにおいを嗅いだ。


「結構近くからにおいが流れてくるな」

「じゃあそこまでぼくたちを案内してくれる?」

「わかったよ、ついてきな」


 バウのあとをククジェルはついて行った。ニャミィはボールを転がしながらそのあとを追って行く。


 遠くで見ていたバウの飼い主はその光景を見てバウを呼んだ。


「おーい! バウッ! なにやってんだー。早くボールは?」


 バウは飼い主のほうを見てあわただしくした。


「や、やばい、飼い主が俺を呼んでいる。行かなくては」

「もう少し我慢して、ぼくたちをそこまで案内してくれればいいから」

「あ、ああ」


 バウは小走りになり、急ぐようにしてにおいをだどって行った。そして、とある家の前で立ち止まった。


「ここだ、ここでにおいは家のなかに入って行っている」

「このなかに?」


 ククジェルはその家を見まわした。

 窓のついた白塗りの家がククジェルたちの目の前に立ちはだかる。


「そうだ、じゃあな」


 そう言って、バウはボールを咥えてその場を去った。それから、ククジェルたちは窓からなかのようすをうかがった。


 夫婦はポニーに食べ物を与えようとして、皿にドッグフードを持ってきて食べさせようとした。でも、ポニーは食べようとはしなかった。


 子イヌだったら家のなかを走り回ったり、食べ物を出せば食べてくれるとてっきり思っていた。


 ポニーは部屋の隅に行き警戒するようにその夫婦を見ている。


 そんなポニーを見ながら妻は言った。


「ねえ、あなた。どうして元気に走り回らないんでしょう」

「うーん、お腹も減ってなさそうだし、病気もしてないみたいなんだけどなぁ」


 隙を見せないようにポニーはその夫婦を交互に見ている。そんなようすを見て夫は言った。


「まだ、この家に慣れてないんだよ。もうちょっとすれば元気に走り回ったりすると思うから。それまでようすを見よう」


「そうね」


 そうして、夫婦はポニーから離れて別の部屋に移動した。


 それを見計らってククジェルはその部屋の窓をたたく。が、シマリスの力ではたたいても窓に音を立てることはできなかった。


 ククジェルは隣にいるニャミィに言った。


「ねえ、ニャミィ」

「なんだい」

「この見えない硬いものをたたいてポニーを呼んで」

「ああ、わかったよ」


 ニャミィはパタパタと前足でその窓をたたいた。とたんにきぃーっという爪を立てた音が混じる。


 するとポニーはその音に気づいて窓のほうを見た。「あー」と言いながらポニーは尻尾を振り窓に近づいてくる。


「ククジェルとニャミィ、助けにきてくれたんだ」


 ポニーはうれしさのあまりその場で飛び跳ねたり走り回ったりした。


「うん、いまそこから出すから待ってて」

「わかった」


 ククジェルはポニーを家の外に出ているイメージをした。


「おい、ククジェル、やめろ」


 ガルマはククジェルの魔法をやめさせた。


「どうしたの? ガルマ」

「人間たちがきた」


 ククジェルたちはいったん窓から離れた。


 夫婦はさっきの騒がしい物音を聞きつけてポニーを見にきた。


 夫はいぶかしい顔をしながら言った。


「さっき走り回っている音がしてたような気がしたんだけどなぁ」


 妻は隅に座っているポニーに目をやった。


「ええ、私たちがここを離れたら元気よく走り回っていたのよ。でもいまはまだ私たちに警戒しているみたい」


「そうだね。この子は警戒心が強い子なんだよ。だから僕たちがいると警戒してしまうんだ」


「じゃあ、私たちへの警戒心がなくなるまで遠くで見守ることにしましょう」

「うん、そうだね、そうしよう」


 そうして、夫婦はポニーから離れて後ろ髪惹かれる思いで部屋をあとにした。


「行ったよー」


 ポニーの声が窓の奥から聞こえてきた。それを聞いてククジェルたちはまた窓から部屋のなかをのぞく。


 ポニーはそれを見て言った。


「おいらを早くここから出して」

「うん」


 ククジェルはさっきのイメージをふたたび試みた。すると、ポニーはククジェルたちの目の前にあらわれた。


「やったー、ククジェルありがとう。あとニャミィも」


 そう言って、ポニーはうれしそうに飛び跳ねた。


「うん、よかったね。じゃあ人間たちに見つからないうちにここから離れよう」

「うん」

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