第8話 行き場をなくした獣

 休息をするためククジェルたちは草や木の生えている空き地にきていた。人間たちが誰もいなくて休める場所がそこにあった。


 お腹が空いたのでククジェルは魔法で食べ物を出した。


 ニャミィにはトカゲを出した。


「ポニーはなにが好物なの?」


 ククジェルがポニーに聞くとポニーは首をかしげて答えた。


「うーん、わからない」

「なに食べてたの?」

「うーん、カリカリしているやつ」

「カリカリ?」

「丸いやつで歯ごたえがある物だけど」


 ククジェルは考えた。そしてガルマに助けを求めた。


「ねえ、ガルマなにかわかる?」


「そいつは人間が作った食い物だな。人間は手間を嫌う生き物だ。すぐに用意できるように、すでに作ってあるものを出していると聞いたことがある」


「ふうん、そうなんだ。ポニーはなにを食べるかな?」

「そうだな、芋でいいじゃないのか」

「いも?」

「ああ、わかるか?」

「うーんわからないよ、でも出してみるよ」

「そうか……そうだ、俺が芋をイメージしてククジェルに送るから、それを受け取れ」

「イメージ? うん」


 ガルマは芋をイメージしてククジェルに送った。ククジェルの頭のなかにさっきはなかった物体があらわれた。


「あ、これがいも?」

「見えたか、そうだ、それが芋だ。そいつを出させて食べさせてやれ」

「うん」


 ククジェルはポニーのほうを向いて言った。


「芋は食べる?」


 ポニーは首をかしげてから大きくうなずいた。


「わかった、いまから出すね」


 ククジェルは芋をイメージした。その芋は紫色の皮がついた物だった。ポニーは尻尾を振りながら芋を食べようとしたが舐めるだけだった。


「ポニーどうしたの? 食べないの?」

「これ硬くておいら食べられないよ」

「かたい?」


 ガルマはククジェルに提案した。


「ククジェル、その芋をやわらかくするように魔法でなんとかできないか?」

「やわらかく? うん、やってみるよ」


 ククジェルは芋がやわらかくなるイメージをした。


「これでどう? 食べられるようになったかポニー食べてみて」

「うん」


 かぷっと芋を食べた。今度は尻尾を振りながらおいしそうにポニーは芋を頬張った。


「甘くておいしーよ」

「そう、よかった」


 ククジェルもどんぐりを出してそれを頬張った。


 しばらくしてグルル……と、どこからか唸り声が聞こえてきた。それに反応してガルマはククジェルを呼んだ。


「おいククジェル」

「どうしたの? ガルマ」

「声がする。怒りに満ちた声が」

「いかり?」


 ククジェルはきょろきょろと辺りを見まわした。すると唸り声を上げながら1匹の獣がゆっくりと木の陰から姿をあらわした。


 額に縦傷のついた茶色の大きな雄イヌが毛を逆立ててククジェルたちをにらみつけている。いまにも飛びかかってきそうな感じでククジェルたちのようすをうかがっていた。


 それを見てガルマは言った。


「気をつけろ、あいつは正気を失っている」

「しょうき? どういうこと」

「おそらく人間たちにひどい目にあわされたのだろう。だから誰も信用しない」


 ポニーとニャミィは体を縮こませてククジェルの後ろに隠れるようにした。ククジェルは恐れを振り払いそのイヌに声をかけた。


「きみは誰?」


 ククジェルの言葉に反応せずイヌからは唸り声が返ってくるだけだった。


「お腹減っているなら、ぼくが食べ物を出すよ。なにか食べたい物ない?」


 そのとき、ガルル! と唸りながらククジェルを襲ってきた。


 そのイヌの大きな口がククジェルを捕らえる。ククジェルは咬みつかれる前に横に飛びその場を回避した。


 ポニーたちはとっさにその場から離れて逃げる。


「どうしたの? なんでぼくを襲うの?」


 ククジェルはイヌの攻撃を避けながら話しかける。


 ガルマはククジェルに言った。


「ククジェル、そいつになにを言っても無駄だ。われを忘れている」

「じゃあ、どうすればいいの」

「お前の魔法でなんとかならないか?」

「ぼくの魔法? ……うん、やってみるよ」


 ククジェルはイヌに対して安らぐイメージを与えた。それは幼いとき父親と母親が側にいて見守られている姿だった。するとその怒りに満ちた目が緩んでいった。


 凄みのある体が段々とゆっくりになりその場に伏せた。イヌは息を立てながら苦しそうにしている。


 ククジェルはイヌに近づいて聞いた。


「大丈夫?」


 疲れたように目を半分ほど開き口から舌をのぞかせて荒い息を立てている。


 ガルマは言った。


「衰弱が激しいな。水と栄養のある物が必要だ」

「水と栄養のある物? わかった」


 ククジェルは小さな泉をイメージしてそこに出させた。それからポニーに出した芋をもう一度同じようにして、そのイヌの前に置いた。

 

 芋のにおいに反応してイヌは起き上がりその芋を食べた。そのあと泉の水を飲んでふたたび横になった。


 満足したのかそのイヌは寝息を立てて眠っている。


「なにがあったんだろう?」


 その汚れたイヌの体を見ながらククジェルは言った。ガルマはそれに答えた。


「きっと捨てられたんだろう。汚れているが首輪がついている。人間に飼われていた証拠だ」

「捨てられたの?」

「だぶんな、それで行き場がなくなり、ここに身を潜めていたんだろう」


 捨てられて自由になったのに、行き場をなくしたという矛盾にククジェルは首をかしげた。


「もう大丈夫かい?」


 ニャミィがそう言ってそろりそろりとククジェルたちに近寄った。そのあとを追ってポニーもきた。


「うん、いま眠っているよ」


 ククジェルはそう答えてイヌを見つめた。ニャミィはそのイヌを見ながら言った。


「あー、あたしと同じ、捨てられたんだね。かわいそうに」


 それからニャミィはポニーに言った。


「あんたも気をつけな、捨てられないようにさ」

「おいらは捨てられないもん、ぜったい」

「それはどうかしら、人間は気まぐれだからねぇ」


 ククジェルはニャミィに聞いた。


「ねぇ、ニャミィ」

「なんだい?」

「どうして、この仲間は人間に捨てられて自由になったのに行き場をなくしたの?」


「行き場? ああそれかい、簡単だよ。人間に飼われるってことは食べ物探しをする必要がなくなるんだ。本来ならどこかに行って食べ物を探してこなきゃならないんだけど、定期的に人間が出してくれるからね。食べ物を探すという行為をしなくなるんだ。自然にね」


「うん、それで」


「人間に飼われている期間が長ければ長いほど、狩りを忘れちまうのさ」

「ニャミィは平気だったの?」


「ああ、あたしは種族が違うからね。どんなに長いあいだ人間に飼われていたとしても、本能だけは忘れないのさ。つねに狩りをすることを」


「ふうん、そうなんだ」

「要するに、人間によって堕落しちまうのさ、本能が」


 ニャミィはまたポニーをからかう。


「あんたも気をつけな、本能だけはなくさないようにさ」

「おいらは甘えないよ、ぜったい」


 ぐ、ぐう……と、低い唸り声を上げながらイヌは目を覚ました。


「大丈夫?」


 ククジェルが聞くとイヌは起き上がり疲れたよう答えた。


「すまない。俺は腹が減っていてそれで、お前を襲った」

「ぼくはククジェル。きみは誰?」

「俺はオウガだ」


 ちらりとオウガはポニーやニャミィを見た。一瞬驚いて、あわてて2匹は言った。


「あ、あたしはニャミィ」

「おいらはポニーだよ」


 ククジェルはオウガに聞いた。


「もしかして人間に捨てられたの?」


 その言葉を聞いてオウガは顔色を変えた。


「ああ、許さねぇ。次に会ったら咬み殺してやるぜ。俺を捨てやがって」

「なんでそんなことに?」


「さあな、まだ俺が小さかったからなよく覚えていないが、訳もわからず人間たちに飼われていた。食べ物を毎日出してくれたし、いつも遊んでくれた。そんな日が数年続いたある日、そこの人間の子どもが俺にちょっかいを出してきたんだ、向こうはジャレているのかもしれないが、大人だった俺は軽くそいつの腕を咬んでやった。そしたら……」


 そこでオウガは会話を止めた。それから疲れたようにつぶやいた。


「……もういい」


 オウガは目を緩ませてククジェルを見た。


「世話になったな、うまかったよ、久しぶりの食い物」


 そう言って、その場から去ろうとした。ククジェルはオウガを呼び止めた。


「待って、オウガ」


 オウガは立ち止まり振り返った。


「どこに行くの?」

「さあな」

「じゃあぼくたちの森に行かない? そこには仲間がいっぱいいるんだ」

「なかま?」

「うん」


 しばらく考えたあとオウガは言った。


「そうだな、もう人間たちを見るのはこりごりだ。人間のいないところへ行きたい。ククジェルといったな、俺をそこに連れて行ってくれないか」


「うん、じゃあ魔法で送るね」

「まほうだと?」

「うん、ここから歩いていかなくても一瞬でぼくたちの住んでいる森に移動できるんだよ」

「そうか、よくわからないが、じゃあ頼む」


 ククジェルはオウガをピアメイトリィの森に送った。それを見届けたあとククジェルは言った。


「じゃあ、ポニー出発しよう」

「うん」

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