第7話 人間に飼われること
少年たちを追い払ったククジェルは怯えているタヌキのほうを向いた。彼女は縮こまり震えている。
「もう大丈夫だよ」
ククジェルはそう言って彼女をなだめた。
「あ、ありがとう。わ、わたし、怖かった」
体をゆっくり起こしてホッとため息をつく。
「わたしはポラン。あなたは誰?」
「ぼくはククジェル。この町にいると危険かもしれないから、ぼくたちが住んでいる森に行ってみない? そこには仲間たちがいっぱいいるよ」
「もり? うん、わたしが住んでいた場所は木が切られて住めなくなってしまったの。それで、住める場所を探して歩いていたら……」
「さっきの人間たちに見つかったんだね」
「ええ」
さっきのことを思い出してポランはまたブルブルと震え始めた。
ククジェルは言った。
「いまからポランをぼくの住んでいる森に送るから、そしたらそこにいて」
「送る?」
「うん、この町を歩いて森に行くのは危険だから、ぼくの魔法で送るよ」
「まほう……? うん、なんだかわからないけど、送ってくれるならそうするわ」
「じゃあ、いまから送るね」
ククジェルは魔法でポランをピアメイトリィの森に送った。それからポニーたちのところへもどる途中でガルマに聞いた。
「なんで人間たちはぼくたちを襲うの? 弱肉強食だから?」
「さあな、どうせ気まぐれだろ。あいつらは俺たちより自分たちのほうが偉いと思っているんだ。体が俺たちより大きいからな。それに食べるためにそんなことをしているようにも見えなかったな、むしろ楽しんでいるように見えた」
「ぼくたちより体が大きいから偉いって思うの?」
「少なくとも俺たちよりバカじゃないって思っているはずだぜ」
「だから、ぼくたちの仲間を襲ったの?」
「自分より弱いやつをいたぶっていきがりたいんだろ」
ククジェルは人間たちがなぜそんなことをするのか理解できなかった。弱肉強食ではなくただの弱い者いじめだと感じていた。
「それにあいつらは集団で行動する。誰か偉いやつがいて、そいつが白と言えば、それがどんなに黒でも白と思わないといけないのさ。偉いやつに合わせるってやつさ」
その言葉にククジェルは首をかしげた。
「なんで黒を白と思わないといけないの?」
「仲間はずれにされるからさ。さっきの連中を見たろ。ポランが棒でたたかれそうになったとき、止めに入ったやつがいただろ」
「うん」
「だが、やつは途中からそれを諦めた。それは、そこで仕切っている偉いやつが怖いからさ。逆らったらなにをされるかわからない。だからなにもできない。そういうやつらさ」
呆れたようにガルマはため息をついた。それから訂正するように言った。
「まあ俺たちの仲間を優しく受け入れてくれた人間もいるから、人間みんながそうじゃないだろうけどな」
「うん、そうだね」
ククジェルたちが帰るとポニーとニャミィは待っていた。
「やっと帰ってきたかい。退屈だったよ」
ニャミィはあくびがてらに言った。ポニーはククジェルに駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「うん、仲間が人間たちに襲われていたから助けてきたよ」
「そう、よかった」
ポニーは尻尾を振って喜んだ。
「じゃあ、ポニーまた家まで案内して」
「うん」
こうして、ポニーのあとをククジェルたちはついて行った。
秋の風がラビール家の庭を寂しく奏でた。落ち葉が舞い上空へ散っていく。
リンリーは窓の外をながめながらポニーのことを考えていた。
そんなリンリーを見かねたローサは彼女に近づいて側に立ちそっと頭をなでた。
「リンリー、大丈夫よ。明日また収容所に行ってみましょう」
「うん」
慰めている娘の顔をのぞきこむと、なんだか元気がない。それは落ち込んでいるという風ではなく、なにかを考えている感じだった。
ローサは首をかしげてリンリーにたずねた。
「どうしたの? リンリー」
「ポニーって、わたしたちに飼われたら幸せになれるのかなぁ」
「急にどうしたの?」
「だって、わたしたちが欲しいって思って、この子イヌを飼いたいって勝手に思っているから、ポニーはどうなのかなって……思って」
「思っているわよ、だって前に見に行ったとき、あんなにうれしそうに尻尾を振っていたじゃない。檻のなかからだけど、特にリンリーには前足を伸ばしてさわりたそうにしていたじゃない」
「……そうだけど」
リンリーは初めて生き物を飼うということに対して戸惑いを感じていた。
本当に飼っていいのかと。もっと幸せなことがポニーには待っているんじゃないのかと。
そんなリンリーにローサは言った。
「もしポニーを私たちが飼うことになったら、そのときは愛情をこめて飼いましょう。だって、もう家族なんだから」
「うん」
ククジェルたちは公園のわきを歩いていた。ふと立ち止まりその公園をのぞいた。
公園には人間たちがさまざまなイヌを紐で繋いで歩いている。それを見たククジェルはガルマに聞いた。
「ねぇ、ガルマ」
「どうした?」
「仲間たちが人間たちに繋がれているよ。首に輪っかがついていてそこから伸びている紐をつかんで歩いている」
「ああ、あれは、ああやって仲間が勝手に動きまわらないようにさせているのさ」
「動きまわらないように? なんでそんなことするの?」
「あいつらは仲間が勝手の動いてほかの人間に迷惑をかけたり、どこかに行ってしまわないようにつねに見張ってないといけないらしい。聞き込みでそんなことを仲間が言っていたな」
「ふーん、人間は自由だけど仲間は自由がないんだね」
「見てみろ紐に繋がれている仲間たちを、自由じゃないのになぜかうれしそうにしているだろ」
「うん」
「仲間が言っていたことだが、ああやって喜んでやらないといつ追い出されるかわからないから、そうしているらしい。定期的に食べ物が出てくる場所をどうしても移動したくないんだろう」
「自由と引き換えってやつ?」
「たしかに弱肉強食の世界だと食べ物にありつくのは大変だ。だが人間たちがその大変さをなくさせた。その代わり人間たちの側にいて尻尾をふり喜んだように見せないといけない」
「喜んでいるように見せてるの?」
「ああ、たぶんな。なかにはそうじゃない仲間もいるかもしれないが……わかるだろ。いつその仲間が好きな相手を見つけてそれから家族になり、子どもを持つかっていうことができるかできないかわからない状態だ、人間に繋がれていればな」
「ん? うん」
「繋がれて自由じゃなくても仲間が幸せを感じているならそれでもいいが。本来なら自由に動きまわって自分の家族を持ちたいって思っているんじゃないのか」
ククジェルは人間に繋がれて尻尾を振りながらうれしそうに遊んでいるイヌたちを見つめた。
人間たちは幸せかもしれないがそれに繋がれいる仲間は本当に幸せなのかな、と。
「あの仲間たちは大変ね。一生逃れることができないんだから。あたしはよかったわよ。こうやって自由になれたんだし。まあ、もとから飼われているとは思ってないけど」
ニャミィは顔の毛づくろいしながらさらに続けた。
「ポニーと種族が違うからなんとも言えないけど、あたしたちは比較的に自由に飼ってくれるのよ、でも、なかには家のなかから出させないようにして閉じ込める人間もいるけど、あたしたちはどこにもいかないって、だってなにもしなくても食べ物が出てくるんだから。まあ、食べ物の魔力よね。それがある限り出ていこうとはしないわ」
「ニャミィはどっちがよかったの? 人間に飼われるか飼われないか」
「あたしはどっちでもいいの。飼われているときはそれなりによかったわ、定期的に食べ物にありつけるから、飼い主にすり寄っていってひと声かければ食べ物をくれるから。でも、それはいっときだけね。大人になったらあたしを相手にしなくなった。それはそれでいいけど、べたべたと体をさわってくるの嫌だったからさ」
「ふうん」
「あんたはいいわよね。森で生活をしていけるんだから」
「ぼく、森のことしか知らないから」
ククジェルはポニーを見つめるとそれを察してポニーは答えた。
「おいらは大丈夫だよ。あの人間の子に会いたいんだ。よくわからないけど優しいにおいがするんだ、だから早くいこう」
じっとしていられずにポニーは歩き出した。ククジェルたちはそのあと追った。
人間に飼われれば幸せになる。大抵の動物たちはそう思っているのかもしれない。でもそれは自由に動きまわれるということができなくなること。
飼われるというとは、その飼い主の言うことを聞かなければならない。
食べ物を出してくれる以上、逆らったらそれがもらえなくなる。だから大抵のことに耐えるしかない。生きるために。
なかには人間たちに飼われてよかったって思う仲間もいるかもしれない。
一生ここで生きていこうって思う仲間が。
それは飼われているうちに絆みたいなものが生まれて、それが信頼や愛に変わるから。そう信じているのだろう。心のどこかで。
だから嫌ったりしない。
捨てない限り嫌ったりはしない。でも捨てたら嫌うだろう、許さないと。
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