第4話 出たい者と出たくない者

 建物の入り口から入るのは得策じゃないとガルマは言って、別のところから入ることに決めた。そこは1階の窓だった。


「ククジェル、そこを魔法で開けてくれないか」

「うん」


 ククジェルは窓に向けて開くイメージを試みると、その窓が横にスライドして開いた。


「よし、そこからなかに入るんだ」

「うん」


 ククジェルたちは収容所のなかに入る。とたんにさまざまな声が聞こえてきた。


 そこにいる仲間たちの声がたくさん混ざって、言葉が聞き取れないほどの声がククジェルたちの耳を痛くさせた。


「みんなの声がするよ」


 そう焦りを見せるククジェルはきょろきょろと辺りを見まわす。ガルマははやる気持ちをおさえて言った。


「そうだな、ここに仲間がたくさん捕まっているんだ。早く助け出そうぜ」

「うん」


 そうして、人間たちにバレないように、こっそりと隠れながら収容所のなかを見て回った。


 さまざまな動物が檻に閉じ込められている。子どもから大人までの多種多様な生き物たちが騒いだり、眠ったりしていた。


「みんないるね」


 ククジェルは捕まっている動物たちを見て胸が熱くなるのを感じた。ガルマは人間たちの気配を気にしながら言った。


「あいつらはまだ遠くのほうにいるみたいだから、いまのうちに助けてやろうぜ」

「うん」


 ククジェルたちが目の前にあらわれるとあちこちから声が飛んできた。


「おい、ここから出してくれよ」

「ねぇ、そこのあんた、私たちを助けてくれないか」


 檻に入れられているのは、おもにイヌやネコなどだった。


 ククジェルはみんなに声をかけた。


「ねえ、みんな、助けにきたよ。ここから出よう」


 すると雌イヌが聞いてきた。


「あんたは誰だい? 名前は?」

「ぼくはククジェル。こっちはニャミィ」

「ニャミィよ、よろしく」


 ニャミィは優雅にそう答える。ククジェルは希望を持たすために明るい口調で言った。


「みんなここに捕まっているんだよね。いま出すから」


 その言葉を聞いたとたんに動物たちはいっせいに歓喜の声をあげた。その騒ぎのなかで反対の声が響いた。その声を出したのは耳の垂れた薄茶色の子イヌだった。


「おいらは嫌だよ。ここから出ていくの」


 ククジェルたちはその子イヌのもとへ歩み寄る。


「どうして?」

「もうすぐ迎えにきてくれるんだ。だから出たくないよ」

「誰に?」

「おいらを助けてくれる人間さ」

「人間が?」

「そうだよ」


 そこで会話を切って、ククジェルはほかの仲間もそうなのかと周囲を見まわした。


「おい、あんたたちはいいなあー、捕まんなかったのか? そこの白いの」


 左目に傷のある黒ネコ(ジェミー)がニャミィを見て言った。ニャミィはあしらうようにそれを返した。


「悪かったねぇ、あたしは捕まらないように逃げまわっているからさ、鈍足なあんたと違ってね」

「テメー!」


 檻から飛び出そうとそのネコは鉄格子に体当たりをした。


 すると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。それは人間たちが騒ぎに気づいて近づいてくる音だった。


「ククジェル、隠れろ! 人間がきた」

「人間? うん」


 ククジェルたちは素早く高いところに飛び乗りそのようすをうかがった。


「なに騒いでるんだ。静かにしろ」


 人間はそう言って辺りを見まわした。それに反応してみんなは静かになった。誰も言葉を発しない。


 そして、ひと通りようすを見てから帰って行った。


 ククジェルたちはまた下に降りてその話の続きをした。人間が迎えにくるというのは本当のことなのかを知るために。


 ククジェルはここから出たくないと言い張る子イヌに聞いた。


「ねぇ、きみ」

「きみっていうのやめてくれない。おいらにはポニーって名前があるんだ」

「うん、わかった。ぼくはククジェル。ポニーはどうして、その人間が迎えにくるってわかるの?」


「この前、人間の子どもだと思う。その子がきておいらをずっと見てたり、頭をさわったりしていたから」


「うーん、でも、もしこなかったら」

「こないはずないもん。絶対にきてくれるもん」


 すると、近くにいる片耳を垂らしたこげ茶色の大きな雌イヌが言った。


「ホントだよ。ここにはさぁ、ときどき人間がきて私たちを見ていくんだよ。それで、その人間にこの檻から出させてもらうときもあるんだよ」


「じゃあ、ポニーはもうすぐ人間に飼われるってこと?」


「確率は高いね。私はここに長くいるからわかるんだよ。大体はそこのポニーみたいな子どもを欲しがるのさ。私みたいな大人はそうはいかない、誰も見てはくれないさ」


 その話にニャミィが割り込んだ。


「そうそう、なぜか知らないけど、子どもを欲しがるんだよね。子どもには優しいんだよ、なぜかさ。あたしも子どものときは幸せだったよ、頭をなでられたり、病気になったら看病してくれたり」


 ククジェルはガルマに聞いた。


「ガルマ、どうする? ここから出たくない仲間もいるみたいだけど」


「はあ、そうだなぁ、正直言ってその考えが怖いんだよな。ここから人間に出してもらって、最初は優しく飼ってくれるけど、あとからやっぱり要らないと言って、またこの場所に送り込まれる。人間は気まぐれだからな」


「うん、わかった。それを伝えてみるよ」


 ククジェルはガルマが言ったことをみんなに伝えた。


「人間にここから出してもらって飼われたとしても、またここにもどされるかもしれないよ。やっぱり要らないとか言って」


「そんなことないよ!」


 ポニーが声を荒げた。


「そんなひどいことしないよ!」


 それを聞いたニャミィが呆れたといったように返した。


「若いねぇ、やっぱり子どもだわ。世間を知らないのさ。このあたしは捨てられたんだよ。子どもから飼ってもらっていて、大人になって……とても遠いどこかに置き去りにされてさ。あたしはそこでいつまでも待ったよ。でも、迎えにこなかった」


 それを聞いたポニーやその周囲は黙って耳を傾けていた。


「だいたいさぁ、人間たちがあたしたちを飼う時点でおかしいのさ。たしかに飼われれば食に困らなくて済むよ。勝ち組だと思うよ。でも、あたしたちにも権利があるんだよ。自由に生きる権利が」


「へっ、それはあんたがたまたまそういう人間に当たったからだろう。俺もここでもとの飼い主を待ってるんだぜ」


 そう言ったのは、ゴールド色の大きな雄イヌだった。

 

「俺も飼われていたんだ。毎日食い物を出してくれたり、飼い主と一緒に遊んだりしたり、とても楽しかった。でも、もっと外の世界を見てみたいと思った俺は、その家から抜け出したんだ。だが、それが不幸の始まりだったのさ。俺は捕まりここに入れられた。いま思うと、ずっとその家にいればよかったって思うよ。俺は愛されていたんだってな」


 ククジェルはガルマに聞いた。


「ねえ、ガルマ。もとの家に帰りたい者もいるみたいだよ。それと、迎えにきてくれる者も。どうするの? みんな檻から出す?」


「そうだな、出たいやつだけ出そう。ククジェル、魔法で出してやれるか?」

「うーん、やってみないとわからないけど、やってみるよ」

「じゃあ、頼む」

「うん」


 ククジェルはみんなに言った。


「ねぇ、ここから出たい者だけ檻から出すから、出たい者はぼくに言って」


「どうやって出すんだ?」と、ジェミーが聞いてきた。


「魔法だよ」

「まほう?」


 ククジェルはそこで思いついたことを言った。


「そうだ、みんな、ぼくの住んでいる森に行ってみない? そこへなら魔法で飛ばせると思うから」


 ジェミーは首をかしげながら言った。


「飛ばす? よくわからないが、ここから抜け出せるならやってもらおうか」


 ククジェルはうなずくと、自分の住んでいる森をイメージしてそこにジェミーを置いた。すると、檻にいるジェミーは消えた。


 それを見たみんなは驚き騒ぐ。


「き、消えた!?」


 ゴールド色の大きな雄イヌが驚き声を出した。そのほかの動物たちもそわそわしながら檻のなかで行ったりきたりしている。ククジェルはみんなを落ち着かせるように説明をした。


「消えたんじゃないよ、ぼくの住んでいる森に移動させたんだ」


 今度はその森の風景を映像としてみんなに見せた。空中に球体が出て、そこに森の風景が映っている。ジェミーもそこにいて顔の毛づくろいをしていた。


「このようにね。だから、森へ行きたい者がいればいつでもここから出せるよ」


 その言葉に反応して、次から次へとそこから出たい者が名をあげた。ククジェルは名をあげた者を次から次へと森へ送った。


 そして、迎えにきてくれるのを待っている者だけが残った。


「ポニーは本当にここに残るの?」


 ククジェルは言った。ポニーは寂しそうにしながら返した。


「うん、おいら、みんないなくなったからなんか寂しいけど、ここで人間たちを待っているよ」

「わかった、幸せになってね」

「うん、ククジェルもね」


 ククジェルたちが帰ったあと、そこで働いている職員が異変に気づき動物たちを見にきた。


「……動物たちがいない。どういうことだ?」

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