第3話 白ネコの案内
「ねえ、あんた、あたしと遊ばないかい」
不意に近くで声がしてククジェルは振り向いた。そこにいたのは尻尾を優雅に揺らした白い毛並みの雌ネコがいた。
そのネコは舌なめずりをしながらククジェルに近寄った。
「おや、逃げないのかい? そうしないと食っちまうよ」
「チッ、お前にとっては嫌なやつに見つかっちまったな。ここはいったん退散しろククジェル」
ガルマはそう言ってククジェルをあおる。
ククジェルはそれを聞いても逃げなかった、それは、そのネコを仲間だと思っているから食われないだろうと。
「どうして? ぼくはククジェル。きみは誰?」
「あたしはニャミィ。どうして? あんたが逃げないとつまらないだろ、さあ逃げろ。そのあとをあたしが追いかけて捕まえるからさ」
「それよりニャミィに聞きたいことがあるんだ」
「おや、そうかい、あの世へいかせる前に聞いておこうか。なんだい?」
「この辺で、ぼくたちの仲間が人間に監禁されている場所ってどこかな」
「人間に監禁? ああ、その場所ならあたしは知ってるよ」
「本当? じゃあ、その場所を教えて」
「ああ、教えてやるよ。あんたがあたしの胃袋に入ったらね」
ニャミィはククジェルを食べようと飛びかかってきた。ククジェルはとっさに後ろへ飛び退き突風を放った。ニャミィは吹き飛ばされて屋根に爪を立ててその場をしのぐ。
風が止むと、ニャミィは起き上がりふたたびククジェルを襲った。
ククジェルは自分の周りに透明な壁を作った。
ニャミィはククジェルの目の前で体をのばしたようにつかまり、その透明な壁を爪でひっかいている。
「なんだいこいつは? あたしの爪が効かないし、これ以上あんたに近寄れない」
ニャミィはその場から離れて行ったりきたりしている。ククジェルはニャミィに言った。
「ぼくに仲間たちの場所を教えて。お願い」
「あんたがなにを使って、いまの奇妙なものを出現させたのかわからないが、ただじゃ嫌だよ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「そうさねぇ、あたしは腹が減っているんだ。なにか食い物はないかい」
「食い物? わかった」
ククジェルはどんぐりをニャミィの目の前に出した。ニャミィは目を丸くして驚いたあと、それを前足で転がした。
「なんだいこいつは?」
「どんぐりだよ」
「出させて悪いんだけどさぁ、あたしは木の実を食べる趣味はないんだよ。ネズミを出しな」
「ネズミ?」
「そうさ、同じ種類でもあるあんたを食べようとしたろ」
「ぼく、ネズミを見たことがないんだ。だから出せないよ」
「見たことのあるモノなら出せるってのかい」
「うん」
「うーん、じゃあ、トカゲかセミを出してもらおうか。どうだい、できるかい?」
「トカゲとセミなら見たことあるよ」
「じゃあ、お願い」
ククジェルはトカゲを思い浮かべて念じた。すると、目の前にトカゲが出現した。トカゲはその場から逃げようと走り出した。
ニャミィはそれを見て素早い動きでトカゲを捕らえに行った。しばらくして、舌で口をなめまわしながらニャミィはもどってきた。
「あんたの技、すごいねー」
ニャミィはうれしそうに言うと、ぺろぺろと前足をなめて顔の毛づくろいをした。
「じゃあ教えて、場所」
「ああ、わかったよ。これが済んだらね」
ククジェルは首をかしげてニャミィを見つめた。それに気づいたニャミィはククジェルに言った。
「お手入れは毎日の習慣なの。こうやって、体を綺麗にしとくのさ。安心しなよ、場所を教えないでどこかにいったりはしないからさ。それに、あんたの近くにいれば食に困らなそうだからねぇ」
毛づくろいを終えると「ついてきなよ」と言ってニャミィは歩き出した。
ククジェルもそのあとについて行く。
屋根と屋根を飛び越えて、塀の上を通り、灰色で大きな建物の前にきた。
木の上からククジェルとニャミィはそのようすをうかがった。
「ここにいるのさ」
ニャミィはそう言ってあくびをひとつする。
「ここは?」
ククジェルが聞くとニャミィは嫌な物でも見ているかのように顔をゆがませた。
「収容所さ。あたしたちの仲間が捕らわれている場所だよ」
「なんでここに?」
「行き場をなくしてさまよっているところを、人間たちが捕まえてここに入れるのさ」
「なんでそんなことをするの?」
「さあね、あいつらはあたしたちを物としか見てないんだよ、きっと」
「もの?」
「あたしも人間たちに飼われていたんだよ。最初は優しかったさ、でも、途中からあたしをのけ者扱いにしてきてね。捨てられたのさ。おかげで自由になったけどね」
「どうして、のけ者に?」
「飽きたんだろ。それか、あたしに食事を出すのが面倒になったのさ」
「ふうん」
ククジェルはそれを聞いて、とてもいたたまれない気持ちになった。その気持ちを察してガルマは言った。
「やはりな。ククジェル、そういうことだ。ここにそうやって連れてこられた仲間たちがいる。みんなを助け出してやろうぜ」
「うん、ぼく、みんなを助け出すよ」
強い意思がククジェルをおおった。それは、ガルマの痛みやニャミィに対しての酷い仕打ちをしてきた、人間たちに対する怒りだった。
「ガルマ、このあとどうすればいいの?」
「そうだな、とりあえずなかに入ってみろ。いまのお前ならできるはずだ」
「うん、わかったよ」
ククジェルはなかに入るため、ここから下りようと足を踏み出そうとした。
「さっきからさぁ、あんた、誰と話してるんだい?」
ニャミィは目を細めて疑い深くククジェルを見つめている。ククジェルは足を止めて答えた。
「ガルマだよ」
「ガルマ?」
「うん、ガルマは人間に殺されて、ぼくの心に入ったんだ。ぼくがこの町にきたのもガルマがいたからだよ」
「ふうん、なにもんだい? そいつはさ」
「なにもん? うーん、ガルルって唸ったりする種族だよ」
「え? ガルル? そいつはーなんだね……そ、そうかい」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないさ」
汗でも拭うようにニャミィは顔の毛づくろいを始めた。ダミー的な毛づくろいをしながら悟られないように小声で言った。
「なんだい、ガルルといったらあの種族じゃないかい。やれやれ、あたしが太刀打ちできる相手じゃなさそうだねぇ。仕方ないねぇ、ガルマってやつはククジェルになにをさせるかわからないから、ここは言葉に注意しないと」
「ニャミィ、さっきからなに言っているの? ゴニャゴニャって」
「あっ! いやあ」
「あー、もしかして、ぼくみたいにほかの仲間がニャミィのなかに入っているの?」
「あ、ああ、そんなところさ」
「へぇーなんの仲間が入っているの?」
「そいつは……」
ニャミィが困っているとガルマはククジェルを急かした。
「おい、ククジェル。ニャミィのことはいいから、早くなかに入って確かめようぜ」
「あっ! そうだった。うん、わかったよ」
ククジェルは収容所に向かった。ニャミィはホッと胸をなでおろしてそのあとを追った。
広い庭を通り抜けて建物の角まで行き、そこからのぞくようにして辺りのようすをうかがう。
収容所の庭はコンクリートで固められていて、なにも置いてなく殺風景な場所。静かで風の音だけが聴こえてくる。
ガルマは言った。
「人間たちの気配はないな。よし、どこかなかに入れるところを探せ」
「うん」
ククジェルはその場を飛び出した。すると、ぎぎぃと鉄のドアが開いてふたりの人間が外に出てきた。
「おい、誰か出てきた。もどれ!」
ガルマに言われてククジェルは引き返し、また角に隠れた。ニャミィも急いでもどる。
人間たちは自動販売機で飲み物を買うと、近くの椅子に座ってくつろいだ。
「ああ疲れた。もうすぐ夜勤も終わりだな」
「そうだな、こうやって動物たちの面倒をみるのも楽じゃないぜ」
「ああ、どうせ誰も引き取り手がいなかったら、やらなきゃならないんだろ」
「それが仕事だ。しかたない」
それからしばらくして、人間たちは収容所のなかにもどって行った。
ククジェルたちはなかに入るのを一旦やめて話し合うことにした。
「やはり人間たちがいるな」
ガルマはいらだちを見せながら言うとククジェルはたずねた。
「なかに入らないの?」
「いや、入るが、人間たちに見つかると厄介だ」
「どうして?」
「あいつらはなんでも捕まえようとするんだよ。こっちが防衛本能で人を襲ったりしたら、すぐにだ」
「ぼく、なにも悪さしてないよ。だからこのままなかに入っても捕まらないよ」
「わかってねーな。俺を見ただろ。俺は仲間たちに聞き込みをしながら町をうろついていただけだ、誰も襲ったりケガさせたりしていない。そしたら急に俺を追ってきて……チッ、嫌なことを思い出しちまった」
「ごめん、嫌なことを思い出させて」
「いや、それはいい。とにかくお前はつかまっちゃダメなんだ」
「うん、わかった」
ククジェルは振り向いてニャミィを見た。
「ニャミィはいいの?」
後ろ足の毛づくろいをしながらニャミィは答えた。
「なにがだい?」
「ぼくについてきて」
「そうだねぇ、あんたひとりでいかせると心配だからついて行ってやるよ」
「本当、ありがとう」
「いや、いいんだよ」
こうして、ふたたびククジェルたちは収容所への潜入を試みた。
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