第2話 飼いならされている者たち

「おい、ククジェル。泉だ、泉を見ろ」

「いずみ?」


 ククジェルは泉の前にいき水面に揺れている波紋を眺めた。すると声が聞こえてきた。それは反響する感じでその場を彩う。


「なにか御用ですか?」

「はっ? 声が聞こえた!?」


 ククジェルは驚いて辺りを見まわした。


「驚かなくても大丈夫ですよ。わたくしはここにいます」

「どこ?」

「あなたの心に」


 ククジェルは首をかしげて考えた。ガルマもぼくの体のなかに入っているし、精霊もぼくの体のなかに入っているのかなぁ? と。


「ふふふ、御免あそばせ」


 精霊はそう言って、ククジェルの体から離れると姿をあらわした。


 それは大きな虹色の鳥だった。翼を広げて羽ばくその体から光りの雫が流れていく。優雅に上空をまわり、それから大岩に着地した。


「わたくしはピヨリティス。本来は姿を見せないですし見えない存在ですが、今回は特別にお見せしましょう。先ほど心のなかをのぞいてみました。なにか訳ありのようですね」


「えっと、ぼくに魔法をください」

「まほう?」


 ガルマは素早くククジェルを黙らせた。


「おい、そんな唐突に言っても伝わらないぞ。もっとちゃんと説明するんだ」

「えー、でも、どうやってしたらいいかわからないよ」

「……わかった、俺のあとに続いて、その言葉をそのまま話せ」

「う、うん」


 ガルマはククジェルに言葉を送った。それをそのままコピーしたように声に出した。


「ぼくはククジェル。実は、ぼくたちの仲間を助けにいきたいんだ。仲間は悪いやつに捕らわれいる。だから……」


 ククジェルは言うと、ピヨリティスはすべて話さなくても、もうすでにわかっているといったように返答してきた。


「なるほど、たしかに最近のあの者たち、人間の行動には目に余るものがありますね。無益な殺傷。木を切り倒しての住居。食物連鎖はよいのですが、それ以外の殺傷はいかがなものかと思いますね」


「え? にんげん? ええ、はい」

「ククジェルの心をのぞいてわかったのですが、もうひとつ別の心がありますね」

「もうひとつ?」


 ガルマはすぐに自分のことだと思いククジェルに素早く伝えた。


「おいククジェル。そこの精霊さんはどうやら俺の存在に気づいたらしい」

「え? 気づいた?」

「ああ、だからそのことを伝えるんだ。なんで俺がここにいるのかってことを」

「う、うん、わかった」


 ククジェルはピヨリティスに言った。


「あのう、実はその、ガルマがいるんです。ガルマはあいつらに殺されて、それで、ぼくの心のなかに魂として入ったんです」


「……わかります。とても強い痛みを感じます」


「ほんとう?」


「ええ、ガルマはあの者たちに狙われていました。それは町に出向き、仲間たちに聞き込みをしていたところを見つかり、それで追われていたのですね」


 ククジェルはガルマの意見を待った。しかし、ガルマは黙ったままなにも伝えなかった。それはあのときの恐怖や虚しさを思い出していたから。


「……わかりました。魔法を与えましょう」

「ほんと?」


「ええ、ですが。使い方を間違えてはいけません。間違えると己の身を滅ぼすことになります。いいですね」


「使い方? うん、わかったよ」

「では……」


 ピヨリティスは翼を広げた。すると光の粒が流れてククジェルに吸い込まれていく。それは全身をおおい、そして消えた。


 ククジェルはきょろきょろと首を動かして食べ物を探した。


「これで、ククジェルには魔法を与えました。使ってみてください」

「使うって?」

「念じるのです。こうしたいって」

「こうしたい?」

「たとえば食べ物を出したいと思ったら、それを念じてください、想像してみてください」

「う、うん、やってみるよ」


 ククジェルはどんぐりを念じた。するとククジェルの体が黄色く光り、空中からどんぐりがいくつも落ちてきた。


「あっ!? どんぐりが出てきた」

「ええ、それが魔法です。いいですね。決して使い方を間違えてはいけません」


「間違えるってどういうこと?」


「悪いことを思わないことです。そう思ってしまうと、必ず自分に返ってきてしまいます。気をつけてください」


「ふーん、じゃあ悪いことを思わなければいいんだね」


「ええ、よいことに使ってください。重要なのは誰かを助けたいと思う気持ちです。あと、もうひとつあります。魔法だけに頼らないでください。できる限り自分で行動してください。奥の手として魔法は使ってくださいね」


「うん、わかったよ。あまり使わなければいいんだね。ここぞというときに使えばいいんだね」

「ええ、では、またなにかありましたら、ここにいらしてください」


 そうして虹色の翼を広げ、ピヨリティスは空に羽ばたいて消えていった。


 ククジェルはそれを見送ると、どんぐりを念じた。ふたたびどんぐりが目の前にあらわれる。


「うわー、念じればすぐに出てくるよ」


 どんぐりを拾いながらククジェルはうれしそうに言った。


「おい、そんなことより早く仲間たちを助けにいかないと」


 そう言って、ガルマはククジェルを急かした。


 ククジェルはどんぐりをひとつ食べ終えると思い出したように言った。


「あ! そうだ、ぼく忘れてた」

「おいおい」


 こうしてククジェルとガルマはラシナル町に向かった。


 森を抜けて町にきてみると人がたくさん歩いていた。人の住む家などがたくさん並んでいる。


 このラシナル町と呼ばれている場所では、コンクリートで舗装された道があり小川には橋がかけてある。住宅街にある芝生では人間たちとそのペットがともに遊んでいた。


 ククジェルたちはその家のひとつをたずねた。


「ここに捕まっている仲間がいるの?」


 ククジェルは塀の上から中庭をのぞき込んだ。


「ああ、ほら、あそこに小屋があるだろう……」


 ガルマはそのほうにククジェルを向けさせた。


 すると、首輪につながれた雄イヌが小屋から出てきた。のびをしながらあくびをしている。


「あっ! 仲間だ」


 ククジェルの声がそのイヌに届き耳をぴくっと反応させる。イヌはククジェルのほうを向くと目を細めて注意深く見つめた。


「ククジェル、とりあえず彼にそこから出たいか聞くんだ」


 ガルマが言うとククジェルはうなずいて彼に聞いた。


「ねー、そこから出たい?」


 イヌはククジェルににらみを見せたあと顔をそらして言った。


「ああ? なんだ? 種族の違うやつが俺に声をかけるな」

「ぼく、君が捕らわれていると思ったから助けにきたんだ」

「おあいにくだなぁ、こっちは捕らわれていると思っちゃいねーよ。帰んな」

「どうして?」

「どうしてだと? あんた名前は?」

「ぼく、ククジェル」


「俺はシグマってんだ。ここに住むようになってからとても楽な生活だぜ。食い物はいつも決められた時間に持ってきてくれるし。半分自由に動けるときが1日に2回あるしな。それに黙ってここで大人しくしていれば、人間は喜んでくれる。こんなおいしい仕事はない」


「自由になりたくないの?」


「はっ、自由だって。外の世界のどこに自由があるって? 毎日毎日の食い物あさり。つねに腹を空かせている。自由に動き回れるどころかどこにもいけやしない。だが、ここにいれば……」


 すると、玄関のドアが開いてひとりの女性が出てきた。その人は飼い主で食べ物をのせた皿を持っていた。


「シグマ―、ごはんだよ」と言いながら、その皿をシグマの前に置いた。


 シグマはおいしそうに皿のなかの物を食べている。それを見た飼い主はほほえみ、しばらく眺めたあと家のなかにもどって行った。


 シグマは食べるのを一旦やめるとククジェルに言った。


「と、いうわけだ。残念だったな。俺はここを離れねぇ」

「本当にいいの?」

「ああ」


 ククジェルはそこで会話を切りガルマに聞いた。


「いかないって。どうする、ガルマ」


「まあ、そうなるだろうと思った。チッ、あいつらに飼いならされているな。……俺たちの目的は無理やりそこから出すことじゃない。あくまでも仲間の幸せを願うことだ。だから、そこにいて幸せならそのままにしておく」


「うん、じゃあ彼は幸せなんだね」

「そうだ、ほかを当たろう」

「うん」


 ククジェルたちはそこから離れてほかに仲間がいないか探しに行った。それは捕らわれていて、いま幸せに思っていない仲間を助けるために。


 しかし、人間たちに飼われて可愛がられている動物たちはそこから逃げようとはしなかった。


「ねえ、本当に逃げないの?」


 ククジェルはフクロウのホロボに言った。ホロボは人間の部屋に作られた木の柱でくつろぎながら返してきた。


「ああ、ほかを当たりな」


 しぶしぶ、ククジェルたちはその場を離れてどこかの屋根の上で話し合った。


「みんな逃げようとしないね」


 首をかしげながらククジェルは言った。ガルマは幽体になりククジェルの側にあらわれると下をながめる。


「人間に飼いならされているからそこが天国に思うんだろうな。たしかにそうさ、なにもしなくても定期的に食い物にありつけるからな」


 気に入らないといったように、ガルマは中庭で人間に食べ物をもらっているイヌに目を向けた。

 

 イヌは尻尾を振りながらうれしそうにしている。


 ガルマはそれを見るとなぜか苦しい思いがこみ上げてきて、ただ見ている自分が情けなく感じた。

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