シマリスに魔法を与えた悪魔
おんぷがねと
第1話 オオカミの願い
紅葉を見せ始めた秋の日。ピアメイトリィの森の一角に1匹の動物がいた。
オレンジ色の背中に赤茶の縦じまが5本ほど入った雄シマリスのククジェル。
明け方、ククジェルはどんぐりを拾いに森を走っていると銃声が聞こえた。耳をつんざくような音が彼を驚かせた。
枯れ葉を踏みつけながら誰かがこちらに向かって歩いてくる。その音に気づきククジェルは素早く木に登りその陰に隠れた。
猟銃を持ったふたりの男が会話をしながらやってきたのだ。
「やっと仕留めたぜ。あのオオカミ」
「ああ、これで町にきて悪さはしないだろう」
男たちはしばらくそのオオカミをながめたあと引き返して行った。
その足音が遠ざかって行く。
風が吹き、枯れ葉のかすれる音にまじり、ガルル……と、かすかに声が聞こえてきた。
ククジェルはその声のするほうへ耳を傾けながらたどって行った。
嫌なにおいがしてくる。何かが焦げたようなにおい。
草をかきわけながら進んで行くと、ククジェルよりも5倍以上はある大きな生き物が横たわっていた。
そこにいたのは銀色の毛並みをしている雄オオカミのガルマだった。
ククジェルはガルマの前にきてそのようすをうかがった。
腹の一部から血が流れている。口は開いていてそこからも血があふれていた。
ククジェルは怖くなり、その場から離れようと走り出す。
そのとき「おい!」と力強い声がしてククジェルは足を止めた。振り向くとガルマの口がかすかに動いているのがわかった。
「こ、こっちにきてくれないか」
ガルマは苦しそうに言った。
恐怖に抵抗できずククジェルは操られるようにしてガルマのところへと引き返した。
「お、お前に頼みがある……ま、町に監禁されている、仲間たちを助けてやってくれないか」
ガルマは震える声でそう伝えるとククジェルは首をかしげながら返した。
「かん、きん? なんで町に?」
「さっきの、やつらが俺たちの仲間を監禁している。食事を与えられてな」
「食事? それなら、いいんじゃないの」
「う……時間がない。俺の前足にさわれ……」
「まえあし?」
「ああ」
ククジェルは疑いもせずガルマの前足に前足をのせた。するとガルマは光り、その光はククジェルの胸に吸い込まれていった。
「あの」
ククジェルはガルマに声をかけた。が、反応がない。目の前にいるガルマはぐったりしている。
「あの、どうしたの?」
ふたたび声をかける。返答してこない不安に駆られながらも彼の言葉を待った。
「俺はここだ」
「え?」
きょろきょろと首を動かしてククジェルは辺りを見まわした。
「どこ?」
「お前の体のなかにいる」
「え? え? からだ?」
そう言いながら、自分の体をなめまわすように見ていく。
「安心しろ、取って食ったりはしない。俺が死にそうだったんでな、お前の体のなかに魂だけを入れた」
「たましい? よくわからないけど、なんでそんなことを?」
「俺が話しているあいだに俺自身が死んでしまったら元も子もないからな、伝えておかなければならないことがある」
「伝えたいこと?」
「ああ、それは……おい! どこかに隠れろ!」
「えっ?」
足音が近づいてくる。
ククジェルは急いで木に登りようすをうかがった。
男たちがふたりきて横たわるガルマを見下ろしている。
「こいつだ」
「ほー、なかなかの上物だ。これならいい毛皮が作れる」
「そうだろ」
「よし、さっそく持ち帰ろう」
男たちはガルマを袋に詰めて持ち帰って行った。
ククジェルはその光景を見て言った。
「きみの体、連れて行かれちゃったよ」
「あいつらはそういう生き物さ。前にも俺と同じ仲間がああやって連れて行かれたのを見たことがある」
「きみの仲間が?」
「ああ」
「それは、かわいそうだね」
ククジェルは木から降りるとどんぐりを拾うため探しまわった。
「ん? なにをやってる?」
ガルマはククジェルの行動に対して疑問を投げた。
「ぼく、食べ物を集めなきゃならないから、言いたいことがあったら言ってね」
そう返して、ククジェルはどんぐりを拾い集める。
「そうか、俺はガルマ。お前は?」
「ぼくはククジェル」
「そうか、ククジェル。お前に知ってもらいたいことがある」
「なに?」
「さっきのやつらのことだ。あいつらの仲間は俺たちの仲間を監禁したり、見せしめにしたりしている」
ククジェルは首をかしげてからまたどんぐりを拾い始める。
「俺は町にいって仲間たちの声を聞いた。食事は与えてくれるらしい。その代わり檻に入れられたり、むりやりなにかをさせられたりしている」
「なんでそんなことを? ぼくたちの仲間がなにか悪いことでもしたの?」
「いや、あいつらに隠れて聞き込みをしたところ、町を歩いていたら急に捕まえられたり、隣にいた仲間が次の日にいなくなっていたりしていると言っていた。たぶん、殺されているんじゃないかとも言っていたな」
「なにも悪いことしてないのに?」
「そうだ、おかしいと思うだろ」
「うーん、じゃあ、なんでぼくたちの仲間を捕まえてそんなことを」
「そういう生き物なのさ。俺たちをもてあそんでいるんだ」
ククジェルはどんぐりを探し終えると木の穴に身を潜めた。それから集めたどんぐりをその部屋に置いていった。
「それで、ぼくになにをさせたいの?」
「町に捕らえられている仲間たちを助けに行ってほしい」
「助ける? どうやって?」
「まず町に行って、仲間たちに聞き込みをしてくるんだ。仲間が監禁されている場所は大体わかる」
「聞き込みをしてくるの?」
「そうだ、いまどんな状況かとか、あいつらになにをさせられているかとか」
「それを聞いてどうするの?」
「もし仲間が助けを求めてきたら、そこから連れ出してやるのさ」
「助けを求めてこなかったら助けなくてもいいの?」
ガルマはそこで黙った。
ククジェルは首をかしげてから彼の言葉を待った。
どんぐりは部屋いっぱいに敷き詰められた。それからククジェルは作業を終えると入口から顔をのぞかせて外の空気を吸った。
風とともに鳥たちの声が聞こえてくる。
「あっちに行ってみようぜ」「うん、行ってみよう」と、言いながらスズメたちが飛び立っていった。
「本当はな……」
ガルマは思い詰めながら話し出した。
「本当は捕らわれている仲間をみんな助けたいんだ。だが助けて欲しいと思ってない仲間もいるんだ」
「助けてほしくない?」
「そうだ、あいつらに恩があるとか助けてもらったとか言っていてな」
「ふうん、ああいったやつらでも、なかにはいいやつがいるんだね」
「だから問題なんだ。みんなを自由にさせてやれない」
「ぼくたちの仲間でも、助けて欲しいと思っていないならそのままでもいいんじゃない。そこで暮らしているんだから」
「そこは尊重する。しかし、そう思ってない仲間もいる。首に輪をつけられて身動きが取れない者や檻に入れられて出たくても出れない仲間が」
ククジェルはそれを聞いて胸の辺りがぼわーっと熱くなるのを感じた。
「じゃあ、そういった仲間を助けに行くんだね」
「そうだ」
「わかったよ」
そう言って、ククジェルは木を降りて町へと走り出した。
「おい、おい!」
焦ったようにガルマは彼を呼んだ。ククジェルは走りながら返した。
「ん、なに?」
「止まれ」
ガルマに言われてククジェルは走るのをやめる。それから首をかしげて聞いた。
「どうしたの?」
「助けに行く前にまだこの森でやることがあるんだ」
「森でやること? それならもうやったよ、どんぐり集め」
「ちがう、どんぐりのことじゃない」
「違うの?」
「ああ」
「じゃあ、なに?」
「この森にいる精霊に会いに行くんだ」
「せい、れい?」
「そうだ」
ククジェルはその言葉を聞いてなんとなく思い出した。
どんぐり集めをしているとき仲間たちがそんなうわさをしているのを耳にしていた。
「あーそういえば、みんなうわさしてたね」
「ああ、もうそのうわさは森全体にひろがっている」
「でもうわさでしょ」
「それがうわさじゃないんだ。本当に精霊がいるんだ。その者は俺たちに魔法を与えてくれるらしい」
「まほう?」
「そうだ、それをもらいに行くんだ。精霊のところに」
「もらう? それ、どんぐりよりおいしいの?」
ガルマはそこで会話を止めて考えた。
ここで「違う、そうじゃない」と言ったところで、ククジェルは余計に混乱してしまうだろうと、だから、どんぐりよりもおいしいと言うことにした。
「そうだ、どんぐりよりおいしいものだ」
「ほんとー、じゃあ、さっそく向かおう」
ククジェルはうれしそうに言うと森に引き返して行った。
「場所はわかるのか?」
ガルマが不安そうに聞くとククジェルは走りながら返した。
「わからないよ。だから場所を教えて」
「……わかった。あの大きい木を右だ」
ククジェルは右に曲がる。「そこの大岩を左だ」とガルマが言うと、ククジェルは左に曲がった。
「そこの穴を潜れ」と言われて、つい飛び越してしまったりしたときも、そこからもどって穴に入って行った。
そうしてようやく精霊のいる場所にたどりついた。
そこはひらけた場所で泉がひろがっていた。泉のまんなかには大岩がある。
「ここだ」
ククジェルは止まると泉を見まわした。
「ここに精霊がいるの?」
「たぶんそうだ。うわさによればここでしばらく待っているとあらわれるらしい」
「ふうん、じゃあ待っていようか」
待っているあいだククジェルは暇だったため、どんぐりを探してそれを食べていた。
「これよりおいしいものかぁ、楽しみだな」
もぐもぐとどんぐりを頬張りながらククジェルは言った。
「あまり期待はするなよ」と訂正するようにガルマは返した。
そして、辺りに風が吹き、木の葉が音を立てると泉が虹色に光り始めた。
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