第9話

「……っ!恵縷エル?」


梁間ハリマが留守番中のレンのご機嫌をとり、いつも通りの空気感に辺りが包まれたのも束の間、縷希ルキの悲痛な叫びがその穏やかな空気を引き裂いた。

さっき一度意識を取り戻したはずの恵縷エルは、縷希ルキに抱きかかえられたままぐったりとしている。

恵縷エル恵縷エル?嘘だろ?さっきまで確かに回復して……」

「……っ、縷希ルキ、ゴメン。今から、最悪で、すげえ酷なことをお前に言わないとならない」

冴李サイリ?」

「これ……一回確認してみ?」

今にも泣き出しそうな顔をした冴李サイリは、ホワイトボードに貼られているはずの縷希ルキ恵縷エル、それから加賀美の写真を縷希ルキに渡した。

「……なんで?恵縷エルと加賀美の写真の裏にも……ステータスが?」

「それがあるってことは、加賀美はもちろん、恵縷エルちゃんも……こっち側だったって“認定”されたんだ。だから、今の恵縷エルちゃんがこのままだと、もうすぐ、加賀美みたいに灰になって消える……」

「は?意味分かんねーし。だいだい、そんなこと、何で冴李サイリが知って……」

「……縷希ルキくん、ごめんけど、それ一回貸してみて?」

冴李サイリたちのやり取りを聞いていた梁間ハリマ縷希ルキの手元からスッとカードを抜くと、遣る瀬無い表情を浮かべる。

梁間ハリマまでやめろよ。そうだっ、俺がもう一回uniqueユニ使えば、皆が回復したみたいに、恵縷エルも回復するよな?な?ああ、なんで早く気が付かなかったんだろ……」

「ルキ、待て。ちゃんと、話しを聞いてくれ……」

悲痛な表情の冴李サイリの目からは、すでに止めようがない涙が溢れていた。

「あのね、縷希ルキくんじゃまだ、このステータスカードを読み解けないから、俺が説明するね」

梁間ハリマっ!いい。俺が説明すっから……っ!」

梁間ハリマ縷希ルキの間に割って入ろうとした冴李サイリだったが、それまで誰よりもチカラを使っていた所為で意識を失い、そのまま梁間ハリマの腕の中に倒れ込んだ。

「だと思った……ってか、冴李サイリ冷えすぎ……大丈夫かな?」

「かしてみ?んで冴李サイリのことは俺に任せて、梁間ハリマ縷希ルキたちを助けてあげてよ」

碧志アオシ梁間ハリマの腕の中から冴李サイリを受け取り抱きかかえ、スッとその場から離れる。

碧志アオシ……わかった。でね、縷希ルキくん、まず恵縷エルちゃんを助けるためには、恵縷エルちゃんを人間に戻す必要がある。戻すというか……正確には、“本物の人間にする”って感じかな。自分たちの姿をみて気付いてると思うけど、縷希ルキくんたち兄妹はそもそも最初から人間ではなかったみたい。ほらね?」

そこまで説明した梁間ハリマは、恵縷エルのカードの種族カテゴリcodeコードの欄を指差した。

「これまで俺たちは、この種族カテゴリヒトってのが人間のことだと思い込んでた。それに縷希ルキくんのcodeコードはブランクだったしね、でも今は、種族カテゴリはヒトのままcodeコード:異常あり*回復条件:治癒・天族→人間ってなってるでしょ?それに縷希ルキくんの方はcodeコード:過多*回復条件:放出・天族→ヒトならざるモノなんだ」

「……それで?俺はどうすればいい?」

いつも通り、いや、いつもにも増して縷希ルキを思いやるように語る梁間ハリマの声に、縷希ルキの焦燥は減っていく。落ち着きを取り戻した縷希ルキの腕の中には確かに恵縷エルがいるのだ。冷静を呼び戻した縷希ルキ恵縷エルを強く抱きしめると、真っ直ぐに梁間ハリマを見つめた。

「さっきは取り乱してゴメン。恵縷エルさえ無事なら、最初から俺はどうなっても良かったんだったわ」

「そか……そうだよね。俺こそ、縷希ルキくんの覚悟を疑ってごめん……うん。じゃあ簡潔に伝える。恵縷エルちゃんを救うには、縷希ルキくんが予想した通り、恵縷エルちゃんに縷希ルキくんのuniqueユニを使えばいい。そうしたら、恵縷エルちゃんの状態異常は無くなる。羽も消えて、直ぐに元気になると思うよ。縷希ルキくんもそれで回復……っていうか、その羽が消えて“いつも通り”の“見た目”に戻る」

「……それだけで終われば、梁間ハリマ冴李サイリも直ぐそう言っただろ?」

「……うん。その通りだよ。そうすることで受ける代償が、2人にとって酷だったから、言い辛かった……あのね、縷希ルキくんがuniqueユニを発動して、恵縷エルちゃんの状態が戻ったら、恵縷エルちゃんは“今日迄の全て”を忘れるんだ。正真正銘の人間になるからね。知らなかったとは言え、天使だった過去のある人間なんて存在しない。記憶って“自分が自分でる”って言う認識そのものだから、これは理としてしょうがない。それから……縷希ルキくんのざん:もほぼゼロになって、これまでの“ヒトであった期間”の思い出が消える」

「それは、恵縷エルのことも忘れるってことなんだな?」

「うん。俺たち皆がそうであるみたいに、ざん:の分しか過去の記憶は残らないから」

「それってさ、今日のことも忘れちゃうのか?皆が俺たちの為に戦ってくれたことも?」

「いや、それは忘れない。この世界は“辻褄が合う”様にできているから。俺らがヒトならざるモノになってからの記憶は失わない所為で、世界の方が辻褄を合わせてくるんだ。だから俺たち皆の記憶が改ざんされて、でも今日起こったことは事実として残る。きっと、“加賀美に捕らえられていた、ある女の子を助ける為”みたいになるんじゃないかな?」

「ある女の子……か。恵縷エルが他人になるってこと……だね?」

「そういうこと。同じ記憶を共有してる俺らから見ても、ね……」

「何だ……そんなことで恵縷エルが助かるなら……もう、ビビらせんなよ?梁間ハリマ冴李サイリも死にそうな顔してっから、もっとヤバいことが起こるかと思ったあ」

縷希ルキくん?」

「大丈夫、大丈夫。痩せ我慢とかじゃ全くないし、本当に心の底からそう思ってる。それに皆と俺が紡いだ記憶は変わるけど消えない……てことは、俺らが仲間になったって事実も消えないわけだし。それだけで十分すぎるわ……おしっ、じゃあ早速……」

縷希ルキくんっ!いくら何でも決断が早っ……」

「大丈夫、大丈夫……恵縷エル、今までありがとな……これから大変なこともあるだろうし、側に居てやれないのはごめんだけど、恵縷エルは絶対に幸せになれるから……じゃあ、またいつか……


天地・逆転──」


そうして縷希ルキuniqueユニが発動すると、辺りは再び目も明けられない程の光に包まれたのだった。

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