第7話

碧志アオシが計画変更を叫んだのとほぼ同時に、その部屋には光が差し込むと、そこには待ちきれなくなってしまった縷希ルキたちの姿があった。

「……天使……みたいだ」

先頭に居た縷希ルキは思わずそう漏らす。

「おいおい、いくら可愛いからって、流石に妹ちゃんをそんな風に言うのは……っ!!」

続いて入ってきたカナデもそう言って固まってしまう。

加賀美によって捕らえられ、その部屋の中で吊るされている恵縷エルの背中からは、大きく、純白の羽が生えている。自らが人外であることを認識している面々の誰よりも、恵縷エルは「ヒトならざるモノ」だとわかる。

「うふふっ、何だか男の子たちが増えているけど?みんな可愛いからまあ良いわ。どうせ、もう帰すつもりもないしね……ふふっ」

加賀美は突然押し入ってきた縷希ルキたちに怯むことなく、気味の悪い笑みを浮かべている。

「……梁間ハリマぁ、見えてる?」

「お、おう。こりゃ、想定よりもやっかいだな……とりあえず、みんな落ちつけ!」

異様な光景を前に、流石の世津セツもたじろぎ、梁間ハリマに縋るような声をかけた。縷希ルキたちが加賀美の部屋に乗り込む時から魔方陣を通してその様子を見ていた梁間ハリマでさえも、慄くほどの恵縷エルの姿に上手く頭がまわらない。

「とりま、助けるぞっ!」

そう言ったカナデはすでに恵縷エルのすぐ側まで駆け寄っていた。

「あら、それは困るわ」

それに気が付いた加賀美は何のことないとばかりにそう言うと、「えいっ」と指を一振りする。

「……っく、うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

──ドサッ

恵縷エルのカラダに触れる寸前だったカナデは見えない何かに弾き飛ばされ、入口付近の壁に激突して落ちた。

カナデっ!!大丈夫かっ?」

「なあに?その位で死んじゃうような子が何しに来たって言うの?あら?もしかして、碧志アオシ君……わたくしのこと、騙したわけではないわよね?そんなこと、許さなくってよ……」

碧志アオシを睨みつけた加賀美は身体に纏うもの全てを逆立て、怒りを露わにし始めている。

「あんたなんかに許されなくてけっこう。ってか、おばさん、マジ最低じゃん。恵縷エルちゃんと縷希ルキを引き離したうえ、なにこれ?」

「お、おば……もういいわ。この至高の行いが小童に理解できるはずがないものね。そうよ、わたくしこそ、いいえ、わたくしだけが選ばれしものなのよ?だからこうして女神さまに材料を与えられ、恩恵を受けることができるのっ!!」

「材料って……まさか、恵縷エルじゃないよな?」

「他に何があるって言うの?それにこの娘は望んで私の所に来たのに。自分が何者だったかも忘れてのん気に生きてた馬鹿娘。それを有効活用してあげただけ。どうせこのまま死ぬんだし、とっても良いこと教えてあげる。『「les larmes d'un angeレラールムダンアンジュ』って美容液はね、ヒト幹細胞美容液なの、うふっ、そこら辺の化粧品とは一緒にしないで頂戴ね?直接抽出する、文字通りの“人幹細胞”美容液よ。それに更に希少でしょ?“ヒト”じゃくて、正真正銘の天使なんだもの。この娘ったら、自分が天使だってこと、まるで知らないままだったけど。碧志アオシ君、あなたが使っていたles larmes d'un angeレラールムダンアンジュもこの娘の髄とか、羽から抽出した成分を薄めてたのよ」

「よくも……」

「あら?さっきから、そこの坊やの方がお怒りのようだけど、なんでかしら?」

恵縷エル恵縷エルは俺の妹なんだよっ!」

縷希ルキっ、わかるけど、落ちつけよ?お前のuniqueユニ、結局解明できてないんだぞ?」

加賀美の口から伝えられる真実に、縷希ルキは沸騰しそうだった。耳元で聞こえる梁間ハリマの声すら、どうでも良くなってくる。

「やだあ、この娘のお兄さんなの?大丈夫?ちゃんと血は繋がってるの?」

「はあ?繋がってるに決まってんだろ?血が繋がるどころか、双子の妹の恵縷エルは、俺の片割れなんだっ!!」

「ぐふっ……ぐふふ……わたくしってば、どうしても選ばれし者なのね?天使を二匹も手に入れられるなんて……あれかしら?やっぱりメンズに効果がより高いのかしら?」

「おいっ、何笑ってんだよ?」

「そりゃあ笑いたくもなるでしょう?材料が多ければ、より沢山儲けられるもの。その言葉遣いも何も気にくわないけど良くってよ。どうせすぐものも言わなくなるんだし。無駄に生きているよりもよっぽど人の役に立てるのだから、感謝して欲しいぐらいだわ。さあ、こっちに来なさい……乾涸びるまで絞りきってあ・げ・る」

「……っく、やめ……」

徐々に本性を現した加賀美は、もうすでに魔物の様な形相をしている。加賀美が両手で縄を手繰り寄せる真似をすると、縷希ルキは何故か身動き取れず、加賀美の元へと引っ張り寄せられてしまった。

梁間ハリマっ!やばいって、縷希ルキが……」

「だあっ、見えてるよ。ってか、カナデは?無事?」

「うん。冴李サイリが治癒してっから大丈夫だと思う。碧志アオシがそれを守ってっから、今んとこ、動けるのは俺だけ!ほら、だから、指示、はよ?」

「わかった。世津セツ、ゴメンけど何分か戻せる?」

「よゆー。カナデがやられる前まで戻そうか?」

「いや、そんな戻さんくていい。凄い音はしたけど、カナデなら軽傷だから、冴李サイリに任せよう。一先ず、縷希ルキが絡め取られる前くらい!できれば、加賀美の挑発に乗る前が良い……んで、碧志アオシと一緒に縷希ルキを守っておいて。それから、その時の俺に、この状況すぐ伝えて!」

「りょ」



梁間ハリマの指示を聞いた世津セツは一度目を閉じ、縷希ルキが加賀美に捕らえられる寸前の情景を思い出す。再び世津セツが目を開けると、加賀美が嬉々として語りだす寸前に戻っていた。

梁間ハリマぁ、これ2度目のやつだから。指示、はよ」

世津セツ?ってことはこの後ピンチね?」

世津セツからこの後起こることを聞いた梁間ハリマは「これ、俺また重要じゃね?」とぼやきながらも、手元で魔方陣を描き始める。

「だあっ、したら、碧志アオシは試しに加賀美に魅了かけて。冴李サイリカナデの回復ちょい早めて欲しい。んで、縷希ルキは何も聴くな!そして喋るな!」

梁間ハリマの指示に皆が頷く。縷希ルキも不服そうに下唇を噛みながら、語りだした加賀美をただ睨んでいた。

「お、おば……もういいわ。この至高の行いが小童に理解できるはずがないものね。そうよ、わたくしこそ、いいえ、わたくしだけが選ばれしものなのよ……ねえ?碧志アオシ君?」

加賀美は碧志アオシにおばさんと言われたことで怒り始めたにも関わらず、碧志アオシが追加したuniqueユニの影響を受け始めているようだ。

梁間ハリマっ、なんか、ダメかも?いつもよりも魅了の効きが悪くなってる気がする」

碧志アオシ、ごめんね。無理すんな!多分……ってか絶対、もう人間じゃないから……」

「もうっ、もっと側にいらっしゃい?やっぱり碧志アオシ君だけでいいわ。あとは早く死んでちょうだ……ぐふっ」

カナデっ!世津セツ!」

今度は碧志アオシを呼び寄せようと手招きしていた加賀美に、回復したカナデ世津セツの跳び蹴りが刺さると、それまで恍惚とした表情を浮かべていた加賀美は、顔を醜く歪ませたままその場に倒れた。

「ごめんごめん。先走り過ぎて迷惑かけちった」

「まじカナデそれな?」

カナデ……良かった。でも、いつの間にあそこまで?」

「それはまあ、俺がちょちょっと戻して、カナデが俺たちにバフかけてっていう、頭のいい俺の作戦のおかげ?」

「おま、連係プレーって言えよ」

世津セツ、やるじゃん!それに、カナデって他人にもチカラ使えたの?」

「なんかね、できた」

碧志アオシに褒められ、カナデ世津セツは嬉しそうに顔を見合わせた。

「そうだっ!今のうちに、早く、恵縷エルちゃんを……」

「そんなの、指示されなくてもやってるっつーの」

冴李サイリ……縷希ルキ……」

碧志アオシ恵縷エルの存在を思い出して振り返ると、そこには恵縷エルを抱えた縷希ルキと、冴李サイリの姿がすでにあった。

恵縷エルっ!恵縷エルっ!」

「ルキ、焦んな。大丈夫。俺がぜってー治癒してやるから」

冴李サイリ、大丈夫?」

「は?碧志アオシ俺のこと心配なの?」

「だって、それは……」

カナデを急いで回復させたのだから、冴李サイリが大丈夫なわけがなかった。いつもの様に振る舞ってはいるが、碧志アオシには冴李サイリの異変が手に取るようにわかる。しかし、あの日、冴李サイリの「状態」を知った後、二人の間で決めた約束のせいで、碧志アオシは続けたかった言葉を飲み込んだ。

「とりあえず俺、出来る限りすぐ恵縷エルちゃんを回復させるから、ルキ、お前は側にいてやれ。あとさ、誰でもいいから早めにそいつにトドメ刺しなよ?そのおばさん。皆が想像するよりやべーから」

冴李サイリがそう言い残し、恵縷エルの治癒に当たろうとした瞬間、

「……っじゃーん!お待たせっ」

しゅるしゅる……という情けない音と共に、梁間ハリマが目の前に現れた。

「あれ?あれれ?もしかして、加賀美のこと倒せたん?あれ?じゃあ、もしかして僕チン、お呼びでなかった……?」

「ははっ!梁間ハリマおまえ、マジで最高!超タイミング悪い」

カナデ、それ褒めてるの?ってかカラダ大丈夫?」

「褒めてるし、全然大丈夫」

「それなら一安心……ってか、俺、一番いいとこ見逃したくさくない?世津セツカナデでやっつけたの?」

「えー、梁間ハリマにも見てて欲しかったなあ」

「まあ、結局最後はフィジカルっしょ」

足元に転がる加賀美を軽く踏みながら、世津セツカナデは誇らしげに笑っていた。

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