第6話

縷希ルキが来てから、決行日とされる今日までは、瞬き一回分の様にあっという間に過ぎた。レンは一通り皆に怒られ、本日は予定通りの留守番中……というか、縷希ルキを送りだした梁間ハリマによってほぼ監禁されている。

加賀美麗カガミウララに近付いた碧志アオシは元々の魅力とuniqueユニですんなりと加賀美に取り入ることができた。大人気の高級美容液『les larmes d'un angeレラールムダンアンジュ』の開発者であり、人気エステサロン『Un ange passe.アノンジュ パッス』の経営者でもある加賀美に誘われた碧志アオシは、今日加賀美の自宅へと呼びだされていた。

細身のスーツに身を包んだ碧志アオシは加賀美の目を盗み、インカムに囁く。

「皆聞こえてる?今加賀美の家の前についた。カナデたちはおけ?」

「おう」

「うん」

「ばっちりっす!」

「大丈夫だよ」

「ちょ、冴李サイリは来なくて大丈夫って言ってあったじゃん!」

「それも含め大丈夫だから!」

「……もう……あっ、梁間ハリマレンもちゃんとそこにいる?」

「ふふっ、任せて。この会話に参加できない程度には“保護”してあるから」

「ん゛ーっ!!」

「ほらね、大丈夫でしょ?」

「よし。これで心置きなく乗り込める。あっ……加賀美来ちゃうから、後は予定通り、お願い……」

『世界樹のホワイトボード』が示していた通り、加賀美と恵縷エルには接点があった。高校を卒業し、美容の専門学校に通っていた恵縷エルは加賀美のサロン『Un ange passe.アノンジュ パッス』でインターンという名のバイトをしていた。恵縷エル縷希ルキに「憧れのサロンで働けることになった」と報告していたのだったが、縷希ルキ自身もその頃は自分の夢を叶えるために邁進していたのだから、その話を聞き流してしまったのはしょうがないことだった。恵縷エルと加賀美の接点が判明した時、縷希ルキは後悔で押しつぶされそうになっていたが、「恵縷エルは4年前、加賀美のエステサロンをすでに退職したことになっていたのだから、縷希ルキ一人の調査力では、判明しないのも無理はない」と碧志アオシに慰められて今に至る。

「決行日……にしては皆普通なんっすね?」

「まあ、洒落込んでも動き難いしね」

「俺も動きやすさ重視」

「あっ、いや、何ていうか、黒づくめとか、迷彩柄とかのイメージあるじゃないっすか?」

「はっ、ルキってばそういう系?カタチから入りたかったんなら先に言ってよ?俺、真っ黒なハイパースーツみたいなやつとか、迷彩のセットアップとか持ってたのに」

「あっ、じゃあさ、コレは嬉しいんじゃない?インカム!実はさ、俺もこれにはテンションアガったの!まじ、スパイとかそんな感じでイイよね?」

「じゃあカナデはあの、zo…スーツ着て来たら良かったじゃん?部屋で来てるとこ見かけたケド、カッコ良かっ……っぷ」

世津セツおまっ……!あれ、見てたのかよ?」

「ぶはっ……あっ、いや、何でもないです。ちょっと、んんっ……そう!くしゃみ。くしゃみが出そうに……ごめんなさい」

カナデ世津セツのやり取りに思わず碧志アオシが吹き出し、加賀美が一瞬顔をしかめた。必死で誤魔化す碧志アオシの声を聞き、インカムで繋がっていたことを再認識した面々は、小声で責任を押し付け合う。大事な局面でリラックスできるのは一種の才能だったが、それにしても緊張感がない。縷希ルキもその要素を持ち合わせているのをみても、やはりこの7人には視えない「縁」の様なものがあるのだろう。


そうこうしているうちに碧志アオシは加賀美の自室に案内されると、王宮を模したようなその部屋に置かれた大きなソファーで、加賀美に密着されながらウンザリしていた。加賀美の甘くて強すぎる香水の匂いに吐き気をもよおした碧志アオシは、早々に鼻呼吸を諦め、分厚い天板のテーブルに置かれた不気味な天使の置物を手に取って、間を持たせようと模索する。

「それね、素敵でしょ?私の生き別れにそっくりなの。だからね、うふっ、人間なんて……ってずうっと嫌悪していたけど、こうして碧志アオシ君に出逢うことができたんだから、まあいいわ。そうね、こういうのを運命っていうのよね?」

そういいながら加賀美は碧志アオシの太腿を撫でまわす。6日前にかけた魅了が効きすぎているのか、碧志アオシは自分の貞操の危機を感じていた。

「う、運命かも……ですね?あっと、そうだ!早くあれを見せてくださいよ。僕、あのles larmes d'un angeレラールムダンアンジュ

ずっと愛用しているんです!だから企業秘密の製造過程を見せてもらえるのが楽しみ過ぎて、昨日眠れなかったんですよ?」

「なあに?そんなに焦らなくてもいいじゃない……」

「いやっ……あっ、そう、他にも、楽しみはあるし……ね?」

目的を果たし、一刻も早くここから去りたい碧志アオシはそう誤魔化すと、自分の太腿を撫でる加賀美の手に自分の手を重ね、片目を瞑る間だけuniqueユニを使った。

「わかったわ。こっちよ……いらっしゃい?」

すでに碧志アオシに好意を寄せている加賀美には、その一瞬だけのuniqueユニでも効果は十分だったようだ。より蕩けた視線で碧志アオシを手招きする加賀美の後に続き、部屋の奥へと進む。

「ここにね、隠し扉があるの。この先には誰も入れたことがないのよ。だから碧志アオシ君が、は・じ・め・て」

加賀美はそう言いながら壁に飾られたオブジェを弄る。するとそのすぐ横の壁にドアのカタチが浮かび上がってきた。再びもよおした吐き気を堪えながら驚く碧志アオシは、そのドアが開かれると、それまでの全てを忘れるほど驚愕し、絶望に似た焦燥に駆られる。

「紹介するわね。私の部下の天使ちゃんよ。部下っていうか、元部下ね。もう随分と前に自我もなくなっちゃったし、面白味のないペットみたいな存在なの。ご挨拶も出来なくてごめんなさいね?」

悪気の全く感じられない声色で加賀美が紹介したのは、部屋の中で吊るされている恵縷エルだった。

「……予想通りだった。恵縷エルちゃん……居たよ。でも計画は変更。縷希ルキはまだ来ちゃだめだっ!」

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