第2話

「おかえりレンちゃん……って、それ……」

レンの気配を感じ取り、お出迎えとばかりにやってきた梁間ハリマはその後ろで立ち尽くす縷希ルキを指差し、まるで幽霊がえてしまったかのような表情を浮かべていた。

「何?レンがまた何か拾ってきたの?」

梁間ハリマのそんな様子を知ってか知らずか、後から来たカナデは興味なさげにそう言うと、梁間ハリマの髪に後ろからフッと息を吹きかけ、驚いて跳ねた梁間ハリマを指差してケタケタと喜んでいる。

「ただいま帰りました。ってか、この人は……」

レンは二人に向かって丁寧に帰宅の挨拶を済ますと、自慢気に縷希ルキを紹介しようと差し出したのだったが……二人はレンの語りに全く耳を傾けずにじゃれ始めている。玄関らしきその場所で、更に戸惑うことになった縷希ルキを放置したまま、堪えきれなくなったレンが二人のじゃれあいに参戦し始めた時、奥から更に三つの影が近づいてきた。

「あー、拾ってきたっていうか、連れてきちゃった?」

やっと縷希ルキに興味を示したようなその声に、レンがピコンと反応する。まだじゃれ合っているカナデ梁間ハリマの間からスルリと抜け出ると、見えない尻尾を振りながら冴李サイリの元に駆け寄って行った。

冴李サイリはそんなレンを抱きとめると「おかえり」と囁きながらその頭を撫でる。おそらくこれは、なんの変哲もない普段の行いなのだろう。まるで喉を鳴らしながら主人に甘える猫の様なレンの姿に違和感を覚えているのは、さっきから全く動けずにいる縷希ルキただ一人だけのようだった。

「なんだよ……レン、また取り憑かれたん?」

「やだやだやだ……俺、この前みたいになるの絶対嫌だからねっ」

碧志アオシは欠伸を噛んだ気怠い声でそう言いながら、猫と化したレン冴李サイリ越しに撫で回している。そんな碧志アオシの背中に隠れたままの世津セツは首をブンブンと振りながら、まだレンを、というか、縷希ルキの姿を直視できないみたいだ。

「ちょっと、やめてくださいよ。まるで僕がいつも、その、出かける度に、猫とか幽霊とか連れてきちゃう迷惑な人みたいな言い方……」

「いや、まんまその通りっしょ」

レンはやっと冴李サイリから離れ「心外だ」と言わんばかりに世津セツの前に立ちはだかる。背の高いレン世津セツを見下すように意気がってみせたが、世津セツは負けじと下からレンを睨みつけ、元々低い声を更に何オクターブも低くしたようにして返す。

「いやいやいや、この前のやつは、あれは確実に世津セツの所為でもあるじゃん」

「はあ?ナニ言っちゃってんの?」

「だって、絶対僕だけの所為じゃないし」

「あんだよ?レンのくせに何か生意気でムカつく。やるか?ん?」

「まあまあ、世津セツもレンレンも落ち着いて?ほらっ、お客さん……かな?も、ビックリして固まっちゃってることだし、ね?」

「っへ?あ、俺…じゃなくて、僕?です、よね?」

レン世津セツの不穏な空気をいち早く嗅ぎつけたのは梁間ハリマだった。いつの間にか二人の間に割って入ると、それぞれを冴李サイリ碧志アオシに託し、本題とばかりに縷希ルキへと話を振る。それまで瞬きも忘れる程には固まっていた縷希ルキは、急に話を振られた所為で支離滅裂も滅裂だった。

「ふふっ、んで、レンちゃん?これ…じゃなかった、この人を連れてきちゃったのはなんで?」

「ああ、そうだった。そうですよ、僕がその人を連れてきたんです」

「んなのは最初からわかってんだよっ!」

「ってかさ、レンが連れてきたってことは、そのヒトが7人目ってことなんじゃねーの?」

まどろっこしい言い回しのレンに掴みかからんばかりの世津セツを、後ろから飛び出してきて羽交い絞めにしたカナデは「うがぁ」と吠える世津セツを抑え込んだまま、さも当たり前のようにそう言い放つ。

「流石!カナデはやっぱり話がわかりますね。そうなんですよ。そもそも、僕はいつだって無駄なことなんかしないんです。それに加えて今回は、ちゃんと裏を取って……まあ、裏というか、どちらかというと表というか」

「ぬぁっ!」

得意げに語り始めたレンに向かって世津セツが何とも言えない声で吠えた。

「えっ!!ってことは、レン、またチカラ使っちゃったの?」

「ええ、まあ……それは、はい」

冴李サイリが心配そうにそうたずねると、レンは少しハッとしてあるはずのない尻尾をシュンと下げる。

「ちょちょっ、レンレンはもう使っちゃダメってこの間決めたよね?」

「そうだよ。ねえ、レン、大丈夫?身体カラダおかしくなってない?」

レン冴李サイリの間に割り込んだ梁間ハリマは少し怒ったように、碧志アオシは心配そうにレンの身体を撫で回す。

「えー、でもこれはしょうがなくね?だって俺たちがどう頑張ったって無理なんだし。最終的にはレンに見つけて来てもらうしかなかったんだから。俺はむしろ、思ってたより早く見つかって良かったと思ってるよ」

「ほらっ!やっぱりカナデが一番理解が早い。あのですね、僕が観たところによると……」

「あっ、あのっ!!初めまして!レンさんに誘われて来ましたっ、宍戸縷希シシドルキです!皆様どうぞよろしくお願いしまっす!!」

カナデの言葉に激しく同意したレンがここぞとばかりに語りだす寸前。まだ、というか、最初から状況が飲み込めないまま放置されていた縷希ルキでさえ、レンにこのまま語らせてはいけないということが理解できた。だから、縷希ルキはここに来てやっと、意を決して声をあげたのだった。その声に反応した6人の好奇こうき怪訝けげんの入り混じった視線が縷希ルキに集まる。

「ははっ、急に大っきい声出すじゃん。そんなあらたまんなくてもよくね?」

「あ、あの。俺……じゃない。僕自身、まだ半信半疑というか……ってか、ぶっちゃけレンさんのお話がよく理解できないまま付いてきちゃったんで、もう一回詳しく説明とかして欲しいし、というかここはまず、自己紹介があっても良いのではないか等と……」

「うわっ、マジで?よく分かんないのに来ちゃったの?凄いね、やるじゃん!」

「もうカナデ、さっきからそれ褒めてんの?」

「もちろん!」

「わかりにくっ……ああ、ごめんなさいね。貴方に負けず劣らずこの声のデカい感じのヒトがカナデ。僕は梁間ハリマっていいます。ってか、ここで一人ずつ紹介するのもきっと二度手間になっちゃうと思うので、早速みんなで向かいません?レンレンがチカラを使ったっていうなら、彼が7人目なのは間違いようがないと思いますし。ね?」

「向かう……って?」

「あれ?レンレン、それも説明してないの?」

「いや、僕ちゃんと言いましたよ。縷希ルキくんが7人目で間違いないので、一緒に世界樹のホワイトボードを観に行きましょう。それに、僕らと居れば妹さんの居場所に辿りつけますよって」

「ええっ?レンのそんな説明で?来ちゃったってこと?」

「いや、あれじゃない?たまたまレンレンと知り合いだったとか……」

「それな。レンはまだあれだし」

「ん?僕と縷希ルキくんは今日初めましてでしたけど。ね?」

「はい……あっ、でも、レンさんは恵縷エル……僕の双子の妹のこと知ってましたし……」

「ヤバぁ。にわかに信じられなさすぎるわ」

「ああっ!ほら、あれかもよ?このヒトのあれも、レンみたいなあれとか……」

「お前、途中から“あれ”ばっかだぞ?」

カナデ梁間ハリマ縷希ルキと話し始めたのを皮切りに、一番怪訝な視線を縷希ルキにぶつけていたはずの世津セツも思わずツッコミを入れ、碧志アオシ冴李サイリもその輪に加わる。各々が自分の予測を口にし始めると最早収集がつかない。

「でもでも、7人目ってのには流石に反応したってか、こう、やっぱ心当たりがあったわけでしょ?」

「いやあ……特にはないっすね」

「いやいやいや、何かあるでしょ?」

「うーん……強いて言えば、7っていう数字は好きです!ほら、ラッキーセブンだし」

「わかりますっ!7って特別なんですよね?ってか、まあ実際特別なんで、僕らも7人揃わないと始まらなかったわけですし、しかも、7人の侍とか、7人の何ちゃらって良くあるじゃないですか。BTSも7人ですし、ジャクソンも確か……」

「いや、ジャクソンは5だよ。ってか、ホント時間の無駄。もう埒あかねーし、はよ、行こ?」

寸前までその輪に加わっていたはずの世津セツが飽きたのをきっかけに、結局何もわからずじまい……むしろ謎が増えた気分の縷希ルキと6人は“世界樹のホワイトボードボード”を確認するために向かうことになったのだった。


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