backbone-drops

穂津実花夜(hana4)

第1話

「住む世界が違う」とはよく言ったもので、そこに至らなければ見ることができない景色、実際に足を踏み入れなければ出逢うことすらない人達。知らないままなら知り得ない世界。当たり前の様だが、ほとんどの人達が忘れている。もしくは何かによって忘れさせられているのかもしれない。隣は何を……

賽の目状に入り組んだ繁華街の喧騒を背中に感じながら、やけに細いしなやかな影を追いかける。角を一つ曲がる度に陽の光も一つずつ遮られ、その路地裏では赤みを帯びた街灯だけが宍戸縷希シシドルキに安心感を与えてくれるようだった。

「あの……どこまで……」

不安だけが増していくような情景の中を、スタスタと、いや、スルスルと音も立てずに進むレンと名乗ったその少年の背中に、細長いレンよりも一回り体躯の良い縷希ルキの情けない声がぶつかる。

「ああ、ごめんなさい。歩くの早かったですか?」

「いや、そういうワケでも無いんだけど……」

「もしかして、怖気付いたとか?」

「そんなわけなっ、いです……よ」

「ふふっ、まあ、ここまで来たらどっちみち帰れないんですけどね?」

レンは含みを込めたような声色でそう言うと、また足音も立てずに角を曲がり縷希ルキの視界から消えた。

「まじか……」

こんな「如何にも」な場所に一人取り残されたらたまったもんじゃない。縷希ルキは慌てて歩幅を広げてレンを追う。視界に入るのは身に纏った随分と治安の悪い柄シャツの袖、さっきまでの喧騒が嘘みたいな路地裏には馴染まないその柄のシャツは、縷希ルキにとっての戦闘服だったはず。でも今はそれが、やたらペラペラと薄く心許無く感じている。今でこそ繁華街に居てもさして目立たない縷希ルキだったが、これまではもっと陽の光に当たるような、良くも悪くも普通の青年だったはずなのだ。だからあの時までは、御天道様の下で暮らすことに何の違和感も覚えずに暮らすことができていた……あれを運命と名付けられてしまえばそれまでなのだが、だからといって直ぐに新しい常識や、派手な柄シャツの肌馴染みが良くなるわけでもなく。まだ何処かで現実を受け入れきれない縷希ルキは、何だか他人の人生を被って生きているようだった。そんな縷希ルキにしてみれば、いくら自分で選んだと言えど、こんな場所は居心地が悪いに決まっている。

「ほら、もう着きますから」

レンの声にハッとして顔を上げた時にはもう、縷希ルキはある意味別世界に居た。

ここはあの街の最終地点なのだろうか。もしくは、縷希ルキが視線を落としてレンの影を追い続けているうちに、本当に違う世界線にでも辿り着いてしまったのかもしれない。

小さな広場を囲うように並ぶ建物は、廃墟と呼ぶには新しく、かといって今現在も生きているとも言い難かった。彼方此方で消えかけているネオン管がチリチリと「如何にも」な音を立てている。縷希ルキの知る世界と辛うじて地続きだった繁華街の気配などは既に何処にもなく、更には、人の気配はおろか、生きているモノの気配すらなかった。

「ここは、もう、魔界……かな?」

「それはあながち間違えではないですよ」

縷希ルキの洩らした突拍子もない言葉を耳にしたはずなのに、レンは事もなげにそう答えながら錆びの生えたドアを押しひらく。漏れ出てきた部屋の灯りが放射線状に拡がりながら伸びて縷希ルキの足元を刺しにかかってきたが、縷希ルキにとってのそれは、何故だか天から降りてきた蜘蛛の糸のように思えて仕方がなかった。

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