第22話 close encounters 2
「直哉さん!」
入葉の絞り出したような叫び声が聞こえる。その声の方向をけだるそうに見上げた黒マントの女は、サディスティックな笑い声を漏らした。
「見つけたぞ、入葉」
(こいつ、入葉のことを!?)
直哉は後先考えず相手に飛び掛かり、自分の体重を使って女とともに床に倒れた。同時に武器を持っている方の腕を押さえて動きを封じる。
「逃げろ入葉!」
「そんな」
「いいから、ニナを連れて隣の部屋に」
女は直哉につかまれた腕を強引に引き抜こうとした。逃がさないように一層力を入れる直哉。しかし女の足を挟んでいるはずの足に妙な感触を感じてその部分を見た。女のもう一方の手が、直哉の太ももを撫でている。
「なあ、あんた」
女は自分が撫でている足を愛おしげな目で見つめながら言った。
「もしかして入葉の男か?」
男に組み敷かれているというのに、この状況を楽しんでいるかのようなサディスティックな目つき。
直哉はすっと血の気が引くのを感じた。武器に気を取られていたばかりに女の片方の腕を自由にしていたことを。
「ニナさんがいません!」
入葉が叫んだのが聞こえた。直哉と女が同時に反応する。
直哉が片手を離して女の手をつかもうとするより早く、女は体をひねって直哉の股間に拳を打ち込んだ。
「ぐはっ!」
突き上げるような激痛が直哉の体を揺らした。気がつくとつかんでいたはずの女の手はなくなり、直哉は一人、その場にうずくまっていた。
「直哉さん!」
「ぐっ、逃げ、ろ」
女がニナを探して小屋の外を見回しているのがぼんやりと見える。そこにニナが天井から飛び降りてきて女の背後からつかみかかった。ニナを振り解こうとする女。二人はそのまま小屋の外の月明かりの下へと出ていった。
「立てますか?」
入葉が直哉のそばに近づいて問いかける。いたわるような視線を直哉の体のあちこちに向けていた。
ほとんど無意識で叫んだこととはいえ、かっこつけて逃げろと言った相手の前だ。股間をおさえてうずくまっている情けない姿を、いつまでもさらしておくわけにはいかない。
「入葉は奥に隠れてろ」
直哉は奥の扉を指さした。
「それなら直哉さんも一緒に」
入葉は直哉の腕をつかんで助け起こそうとする。
「あの黒いやつ、入葉の知り合いか?」
「知り合い!? どうしてそんな……私は、顔も見えませんでしたし」
「そうだよな。俺もよく見えなかった」
入葉の肩を借りながら立ち上がった直哉は、奥の扉を開けた。入葉を中に入れると、自分は中に入らず扉を閉めた。
「えっ!?」
扉の向こうから聞こえる入葉の驚いた声。
「こっちはいいから、早くどっか隠れてろ」
扉を閉めて入葉を安全な所へ追いやると、直哉は少し冷静さを取り戻した。
小屋にあった穀物袋の中身を取り出して武器を作ると、もう一つを入葉を押し込んだ扉の前に置いて道を塞いだ。
ドックン、ドックン、ドックン。
誰かが壁を叩いているのかと思うほど、大きな音。
直哉の心臓の音だった。
「隠れてろ、か。はは。逃げ出したいのは俺の方じゃないか」
右手の震えを、誰かに見られたら恥ずかしいもののように左手で覆い隠し、自虐的な笑みを浮かべた。
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