第3話 竪琴の弦

半信半疑でオルがビスケットを差し出すと。

黒い全身、お腹と顔が灰色の仔犬はパクっと口の中に放り込んだ。

ブンブンと尻尾が振られる。

根元が黒くて、先端の方が灰色の尻尾。

明るい灰色のシッポが元気よく左右に動く。


「美味しいの?

 ビックリだな。

 犬が甘いもの好きなんて、知らなかったよ。

 やっぱり僕の腕がいいんだな。

 このビスケットは自作なんだよ」


オルも自分の口へ放り込む。

固めに焼いてあるビスケット。

小麦粉と玉子と蜂蜜の単純な味わいだけど。

少し強い口当たりとホンノリした甘さが気持ちを幸せにしてくれる。


「これ以上はダメ。

 明日の朝ご飯用だよ」


まだビスケットはあるのだけど、オルは丁寧に布に包んで腰袋へとしまい込む。

仔犬は聞き分けが良かった。

少し残念そうに瞳を潤ませたモノのしつこくねだったりせず、オルの足元へと身体を丸める。


見上げると木々に隠された隙間から星が見えている。

周囲はもう暗闇。

鬱蒼とした森に囲まれた夜の山。

オルの周りの地面は五角形に薄く明かりを発してはいるものの。

かなり心細い状況だ。


一人きりのオルが明るく言葉を発していたのは。

元々オシャベリだと言うのも有るけれど。

実は夜の山を独りぼっちで過ごすのが怖いから。

とゆー理由もあったのだ。


だけど、今足元にくっつく温かいイキモノがいて。

その温もりを感じるだけで怖いなんて思いはどこかへ飛んでいく。


「ああー、なんか演奏したくなっちゃうな」


竪琴を両手に抱え込む。

ピロンピロンと弦を軽く指ではじくけれど、そこで止める。


「ううー、だめだめガマンだ」


見ると仔犬がオルの顔を見上げている。

止めちゃうの?

聴かせてよ。

黒いつぶらな瞳でそんなオネダリの表情。


「僕も弾きたいんだよ。

 だけどさ、もう弦が無いんだ

 みて、この竪琴。

 本来コイツは28弦使える特別製なんだけど……

 もう18弦しか残って無いんだよ。

 複雑な曲なんてもう全く弾けない。

 ダマシダマシ使ってるんだ。

 キミに使った治癒ヒール魔曲マジックソングもアレンジしてなんとか弾いてるの。

 これ以上弦が切れたら、もう魔曲マジックソングが使えない。

 だから……今は竪琴はダ-メ。

 街に着いたら金属弦が手に入るハズなんだ。

 そうしたら思いっきり弾いてやるぞ。

 それまで僕はガマンする。

 だからキミも、あと竪琴くんもさ。

 ガマンしてね」


と仔犬ばかりか、自分の楽器にまで語り掛けるオルなのであった。



そして。

音楽家の青年が寝静まる。

その周りを囲む五角形の光は輝いているのだが、光は少し弱まっていて。

辺りに気配が湧いていた。

暗闇に潜み、近付いて来る小柄な人影。

鼻をヒクヒクとさせる仔犬。

辺りにいるのは1体では無い。

すでに10体近い人影が青年と仔犬の周りに居た。


仔犬は知っている。

この気配は。

人間がゴブリンと呼ぶ低級な魔物。

五角形の光の中には入って来れない。

だが。

小石を拾う輩がいる。

投げつけてこちらを襲うつもりか。

仔犬は立ち上がる。

喉の奥からうなりを上げる。

同時にその小さな体から、ナニカが湧きだしていた。

凄まじい気配。

近付いてきていた人影は、慌てた様に逃げて行った。


人影が充分離れたのを確認して。

また青年の横で丸くなる仔犬なのである。

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