第2話 干し肉

オルは山を越えようとしていたのだ。

山あいの村から麓の大きな街まで。

急ぎ足で進めば、朝出発して暗くなる前に辿り着ける。

その予定だったのだ。


だけど。

山の緑はキレイで、所々には花が咲いている。

そんな光景をじっくり鑑賞しながら歩いて行ったなら、間に合うハズが無い。


それも分かってるんだけど。

……仕方ないじゃない。

音楽家ミュージシャンの端くれとしてはさ。

ホラ、キレイな光景を眺めて感受性を高めないとね。

芸術家としての感性が磨かれないワケ。


と、誰にしてるんだか分からない言い訳を胸の中でつぶやくオル・フューズなのである。



しかも、そこに加えて、仔犬まで拾ってしまった。


キャン!

キャン!

鳴き声が響いていたのだ。

猛獣にしてはその響きは高いし。

悲しげな響き。

つい近付いてしまったオルの前では、獣用の罠にかかった仔犬が悲しそうに鳴いていた。


それは助けてしまうでしょ。

音楽家ミュージシャンと言う以前にさ。

人として放っておけないよね。


そんな訳で山の中で夜を迎えてしまったオル青年と仔犬なのである。



「さーて腹ごしらえと行きますか。

 本来一日で辿り着くつもりだったから、あんま食料無いんだけどさ」


オルは木の先に突き刺した干し肉を焚火であぶる。

すると、あら不思議。

灰色でカッチカチだったシロモノが。

油が溶けだして、良い匂いが辺りに立ち込める。

オルのお腹からもぐぅーーー、と小気味よい音がする。


そんな炙った肉を仔犬へと差し出す青年。

仔犬はと言うと座ったオルのひざ元にくっついている。

お肉の方を見て、鼻をピクピクと動かすのだけど。

食べようとしない。


アナタは?

アナタこそ食べて。

と言わんばかりに黒い丸い瞳をオルの方に向けるのだ。


「アレッ?

 食べないの……

 うーん、僕の方は良いんだよ。

 ビスケットがあるからさ。

 さすがにキミはビスケット食べないでしょ。

 …………うーーん。

 じゃさ、半分こしようか」


取り出したナイフでオルは干し肉をに切り分ける。

その半分を差し出すと、仔犬は食べだした。

シッポがヒョコヒョコ動いてるところを見ると嬉しそう。

ガツガツ食べてる様子からは、実はお腹が空いてたんじゃないか、と思わせる。


「びっくりしたー!?

 キミってばとてつもなく良い子なんだね」


オルも自分の口に干し肉を放り込む。

うん、美味しい。

痛まない様に干し肉は塩着けされてる。

その塩っからさと溶けだした肉の油の甘みが口の中で溶け合う。

ちょっぴりしょっぱすぎる気もするけれど。

山道を歩いて疲れた身体にはちょうど良い。


オルが疲れたな、と身体の力を抜くと。

自分の足元には灰色のシッポをヒョコヒョコさせてる生物がいて。

美味しかったよ。

もう無いの?

そいつがオルの方をつぶらな瞳で見つめて来る。


「もう無いんだよ。

 あとはビスケットだけだってばさ。

 えっ?!

 甘いモノ食べるの。

 ウソでしょ。

 ホントに欲しいの?」

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