罠にかかっていた仔犬を助けたら、何故か魔曲家の僕に三つ子の弟子が出来たんだってさ。
くろねこ教授
第1話 魔曲《マジックソング》
青年は山で野営をしようとしていた。
細身の体の若い男性。
明るい茶色の巻き毛を揺らしながら枯れ木を拾い集める。
野営地に使えそうな平らで広い場所を見つけて、胸を撫で下ろす。
「良かった~。
真っ暗になる前に適当な場所を見つけられたよ」
男性にしては高くて澄んだ柔らかい声。
「ちょっと待っててくれよ」
青年は自分の胸に話しかける。
その胸元には小さい黒い仔犬が抱かれていた。
柔らかな草の上へと仔犬を横たえ、その頭を軽く撫でる。
元気なく応える仔犬の頭部と耳は明るい灰色。
陽が落ちて既に周囲は暗くなっている。
青年は枯れ木を5ヶ所に置いて火をつける。
その明かるい5ヶ所のおよそ中心に立った青年は、背に括り付けていた楽器を構える。
楕円の形に削り上げられた木製の竪琴。
「よっと、演奏は両手を使わないとムリなんだ。
だから、少し待っててね」
仔犬に話しかけてるらしい。
人間の言葉が分かる解るハズも無いのだけど。
なんとなく仔犬は頷いて、興味深げに青年を見つめている。
「へへへ。
ではオル・フューズの独奏会。
ごゆっくりとお楽しみください、と言いたい処だけど。
今はあまり時間が無いな。
短めにね」
草の上に胡坐をかいて座り込んだ青年は、その足と胸の間に楽器を固定させる。
青年の胸に収まる程の小型の楽器だと言うのに、仔犬が驚くほどの音が流れ出す。
ピクッと灰色の耳が動く。
高く凛とした音色が周囲に響く。
どこか近付くモノを拒むような音。
メロディーは美しいのだけど、そんな厳しい響きに仔犬は落ち着かない。
すると。
火が燃える5ヵ所の間を結ぶように地面が光を放っていた。
その光の中心部に青年と仔犬は座っている。
「怖がらないでいいよ。
即席の結界さ。
魔物や野生の猛獣を阻むんだよ。
短めにアレンジしちゃったけど、朝までなら保つと思うんだ」
「んじゃ……
次はキミだね」
草むらに横たわる仔犬にオルと名乗った青年は手を伸ばす。
その仔犬の足には傷があって、血が流れ出していた。
「あいたたた。
バカみたいだけど、僕こーゆーの見ちゃうと……
自分まで痛くなって来ちゃうんだよね」
「水で洗うだけだから、
痛くてもガマンしてね」
オルは腰の袋から水筒を取り出して、仔犬の足を洗う。
黒い毛が水で濡れて、患部が見える。
仔犬は全体は黒い体毛で、頭部やお腹の中は明るい灰色。
丸くて黒い瞳が、怯えたようにオルの手を見ているのが可愛らしい。
「うん、暴れないなんていい子だね」
傷口に水をかけて洗う。
普通の動物なら暴れる。
オルも当然、その事を覚悟してたのだけど。
仔犬は身を縮めるだけでガマンした。
「じゃあ、ご褒美。
今度はゆっくり聴いてね」
再度、青年は竪琴を弾き出した。
自分の胸元に楽器を固定し、左右から両手の指を伸ばす。
仔犬は耳をピクピクと動かす。
彼にも分かる。
今度の曲は音色が違う。
弦がかき鳴らす音が美しいのは一緒なのだけど。
優しい曲。
先程のナニカを寄せ付けない雰囲気がまるで無い。
柔らかくて温かくて、仔犬の身体までポカポカとしてくるようだ。
やがて仔犬は気が着く。
青年が洗ってくれた足の痛み。
それは身体中にジンジンと広がり、自分の体力を奪っていた。
そのジンジンが無い!
見ると自分の足にあった傷口が小さくなっていて、血も止まっている。
「クゥーーン!?」
何が起きたの?
丸い瞳をさらにまん丸くして、自分の身体を見つめる仔犬。
「良かった~。
人間に使った事はあるけどさ。
仔犬に使うなんて初めてだから。
ちゃんと効くか、少し不安だったんだ」
オル青年がそう言って、仔犬の頭を撫でる。
その言葉の意味は仔犬には良く分からないけど、これだけは分かる。
彼が自分の体のジンジンを取っ払ってくれた。
「クン、クゥン!
クン」
自分の頭を撫でる指先を軽く舌で舐める仔犬。
「あはははは。
くすぐいったいよ」
「よーし。
これでゆっくり出来るね。
じゃあ、もう一度自己紹介しようかな。
僕はオル。
オル・フューズ。
音楽家でさすらいの
自己流だけどね」
この場で仔犬は自己紹介出来ない。
後で分かるのだけど、仔犬の名前はロス。
仔犬のロスにオル青年はそう名乗った。
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