兎と狼

運歩小太郎

第1話&最終話

「あの月に映ってるのは君なのかい?」

 狼は悩んだ末、そう尋ねた。

「そうよ。でもあれは私がいた跡であって当然、本当の私は今ここにいる」

「つまり逃げ出してきたってことかい?」

「ずっと寂しかったの。森のみんなが歌ったり踊ったりしてるのに、私は独りで毎日毎日月と一緒にぐるぐる回ってそれを眺めているだけ。みんなが羨ましかった」

「そうかいそうかい。でも森のみんなは逆に君のことを美しいって崇めていたようだったけどね」

「そう。でも彼らが美しいと思っているのは月にいる私なのよ。それに私は崇められたくなんてないわ。普通の一匹の動物として見てほしいのよ」

「一体君は彼らのことが好きなのか嫌いなのか分からないな」

「嫌いだわ。彼らは表面的にしか物ごとを見ないもの。でもだからこそ私は本当の私を知って欲しかった。月に居ない私のことを好きになって欲しいの」

「ふうん、そうかい。でも月のことはどうするんだい。このままじゃ月の灯りはどんどん消えていっちまうよ」

「…言われなくてもすぐ帰るわよ」

 狼と兎の会話は無口な森に溶けていった。

「…悪かったな。せっかく森の奴らと遊びにきたのに俺のせいでみんな逃げちまった」

「本当にそうよ。あなたのせいで…」

「こんなことを言うと怒るかもしれないが俺だって悪気はないんだ。森ではな、狼ってだけで恐れられ、虐げられる。俺たち狼には居場所がどこにもないんだ。俺だって寂しいのは一緒だよ」

 兎には狼の気持ちが痛いほどわかった。月から森を眺めていた兎は、こちらを見つめるひとりぼっちの狼とずっと目が合っていたのだ。

「実はね、私はあなたのこともみんなに好きになってもらいたいの」

「それは無理な話だよ。俺が狼であり続ける限り、俺はずっと嫌われ者なんだ」

「きっとそんなことないわよ。私に考えがあるの」


動物たちの戻った夜は森に平穏が返ってきたことと新入りの歓迎会で盛りあがった。熊は太鼓を叩き、鹿はギターを披露した。兎は動物たちに混ざって歌を歌ったり、ダンスを踊ったりした。森を覆うような真っ暗な空には狼のいる月が浮かんでいた。

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兎と狼 運歩小太郎 @kakudegu

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