第8話 青い瞳と赤い瞳



 ルディの脳裏に、ドゥエドゥエさんの姿が蘇る。

 豹変する前と後。姿は変わらぬ薄水色をした半透明の軟体だ。上部には目が五つ。


 ……だけど、その目の色は


「ドゥエドゥエさんは青い瞳だったのに、突然赤い瞳になったわ」

「狂暴化すると瞳の色が変わるのか?」

「分からない、本人もそんなこと話してなかったし……。でも、私が最初に襲われた時、五つある彼の目の一つだけ青かった。だけど次の瞬間には目が全部真っ赤になって襲ってきたの」

「そうか……。もしかしたら寄生されてるのかもしれないな」

「寄生?」


 馴染みのない言葉にルディはオウム返しで尋ねた。



 こちらの世界にくる来訪者の中には実体を持たない者もいる。

 元々肉体を持たずに生きていたり、意識と記憶だけでこちらの世界にきたりと理由は様々だ。だが殆どは声を発する事が出来たり、他者の意識に語り掛ける事が出来るのでさして問題視はされない。

 比較的珍しい来訪者ではあるが前例がないわけでもなく、そのまま肉体を持たずに生活を希望する者も居れば――防犯のため目印は義務付けられるが――、器となる人型を希望する者もいる。もちろん、そういった者達の対応を専門とする部署も来訪棟にはある。


 そんな実態を持たぬ来訪者だが、時には来訪の際にこちらの世界の生き物の中に入ってしまう事もあるのだ。それも大半は本人の意思ではない。

 これはかなり厄介なパターンである。なにせ来訪者の意識もあれば元々の生き物の意識もあり、「譲ってやって」「良いよ」なんて簡単に話が進むわけがない。専門の部署が仲介に入り、双方の話を聞いてお互いが納得できる落としどころ探らねばならない。慎重な対応を求められる。


「でもそういうのは『共存』でしょ? 確かに大変だけど、話し合って解決するじゃない」

「あぁ、確かにそうだ。だけど極稀に相手の意識を乗っ取ったり支配する者もいて、そういう奴等は総じて狂暴でこっちの話を聞くよりも先に攻撃してくる。だから俺達が対応するんだ」

「乗っ取られた人はどうなるの?」

「もちろん救出する。だけど簡単にはいかない。何年も掛かったり、時には元の意識が衰弱したり記憶の一部が消えていたりするんだ」

「そんな……」


 たまたま居合わせただけで体を乗っ取られ、その挙句に意識や記憶を奪われるなんて酷い話ではないか。

 この話にルディは己の中で血の気が引くのを感じた。記憶に蘇るのは優しいドゥエドゥエさんの姿、声、そして……。

 最後に聞いた『ニゲテ』という声。


『グェ、グェ……』というひしゃげた異音の中、確かにあの瞬間、『逃げて』と言っていた。

 鋭く光る赤い瞳の中で、たった一つ残された青い瞳でルディを見つめて……。


「ドゥエドゥエさん、私に『逃げて』って言ってくれた。だから多分、意識は残ってるんだわ」

「少しは話が出来るかもしれないけど、それだけじゃ切り離すのは難しいな」

「切り離す……。ねぇ、寄生した来訪者を物理的に切り離すことって出来ないのかしら?」

「物理的に!? 物騒なこと言うなよ!」


 ルディの提案にハヴェルがぎょっとする。

 だがルディは慄く彼に対して「大丈夫よ!」と断言した。


「ドゥエドゥエさん、体を切っても大丈夫だって話してたの」


 来訪者の中には、痛覚が無く、そして心臓さえ無事ならば生きていけるという不思議な形態の者もいる。彼等からしてみれば体はあくまで器なのだ。

 ドゥエドゥエさんもそのタイプだ。痛覚が無いからかあちこちに体をぶつけ、歓迎課のカウンターに体の一部を置いて帰ってしまったこともあった。――お洒落な紙袋に入れて返却した――


「ドゥエドゥエさんに話しかけて、中にいる来訪者の意識を体の一部に追いやってもらうの。そこを切り離すって出来ないのかしら」

「出来ないこともないが、かなりの賭けだぞ。いったん来訪棟に戻った方が……。だが戻ってる間に何かあるかもしれないんだよな」


 ハヴェル自身、このまま来訪棟に戻っても良いのかという迷いがあるのだろう。

 確かに危険だし、早く報告すべきだ。だがその間にドゥエドゥエさんが……、否、彼の体と意識を乗っ取った来訪者が何かするかもしれない。

 足が遅いので森の周辺に危険を知らせれば大事にはならないかもしれないが、その『足が遅い』というのも、もしかしたらドゥエドゥエさんの意識が残っているからという可能性だってある。完全に飲み込まれたらどうなるか定かではない。


「良いのか、ルディ。下手すると怪我どころじゃ済まないかもしれないぞ」

「分かってるわ。そりゃあうちは平和な課だけど、覚悟のうえで来訪棟に来たんだから。そういうハヴェルこそどうなの?」

「誰に言ってるんだ、俺は精鋭揃いの先行課だぞ」


 鞘に戻した剣の柄に手を添えてハヴェルが断言する。その姿は様になっており、同時に頼りがいを感じさせる。

 ハヴェルが一緒ならきっと大丈夫。そうルディは確信めいた安堵とやる気を胸に改めて森の奥へと視線をやった。今もまだ怖いが、決意と来訪棟職員としての使命感がそれを上回る。


「行きましょうハヴェル! 寄生なんてする不届き者に、来訪棟の新米コンビの意地を見せてやるのよ!」


 ルディが意気込めば、ハヴェルが「あぁ、」と答えると同時に剣を抜いた。


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