第6話 森の中の異変と危機



 それから数日後、ルディはドゥエドゥエさんを連れて森の中を歩いていた。

 彼が初めてこの世界に現れた時に居た森だ。だが森とはいえ奥深くまで入らなければ道も整えられており、日中ゆえに周囲も明るい。

 この森はさして深くはなく、静けさを求めて生活する者や自然を感じるために散策する者も少なくない。

 ドゥエドゥエさんの元居た世界も自然が溢れる場所だったらしく、出来れば似たような環境で生活したいと希望を出してきたのだ。


「ここら辺なら危険な動物もいないし、街に出るのも楽なので生活に不便はありませんよ。今から案内する家も、元々は別荘として使われていた場所なので設備もきちんと整ってます」

『ドゥエドゥエ』

「えっと、今のドゥエドゥエは……。も、もう一度言ってもらって良いですか?」

『ドゥエドゥエ』

「お、おか、ね……。お金? あぁ、家賃や生活費の事ですね! 安心してください、生活に掛かる費用もサポート内です!」


 来訪者が直ぐに仕事に就いて金を稼ぐのは難しい。

 中には類まれなる能力や強さ、異世界の知識を持ち込んですぐさま職を得て成功する者も居るが、ルディ達のところに来るのはそういった来訪者ではない。

 来訪者という時点で非凡ではあるが、そんな中でも平凡な者達だ。そんな彼等を「ようこそこちらの世界へ、それじゃぁ頑張って」と放り出すわけにはいかない。

 そのため来訪者には生活サポートとして必要な経費は国が支援する事になっている。まずこちらの世界に馴染み、生活の基盤を整え、そうして仕事を見つけてもらうのだ。見返りとして元居た世界の文化や知識を提供してもらう。


「ドゥエドゥエさんの場合は最長の五年サポートに当てはまると思います。あ、もちろん仕事を探す際にもお手伝いしますからね!」


 ルディが説明すれば、ドゥエドゥエさんが『ドゥエドゥエ、ドゥエドゥエ』と返した。

 これは……、と手元のメモを確認する。最初の『ドゥエドゥエ』は多分安堵の言葉だ、次はきっと感謝だろう。

 ルディも微笑んで彼を見た。五つの青い瞳はどれと目を合わせて良いのか分からなくなるが、とりあえず目線の高さにある目に合わせおく。


「ドゥエドゥエさんはもうこちらの世界の言葉を理解したんですよね? たった数日で覚えてしまうなんて凄いですね」

『ドゥエドゥエ』

「今のは……、『そんな事ない』? いえ、凄いですよ! 私も先生みたいに異世界言語の資格を取ろうと思ってるんです、その際にはドゥエドゥエさんの世界の言語もマスターしてみせます! ドゥエドゥエさんもその言語能力の高さなら異世界言語の資格を取れるかもしれませんよ、一緒に頑張りましょう!」


 ルディが意気込めば、ドゥエドゥエさんがゆるゆると揺れた。多分笑っているのだろう。




 そうして彼と共に森の中へと進み、木々が開けた先に一軒の家屋を見つけた。

 これからドゥエドゥエさんが住む家だ。さすがに屋敷や豪邸とまでは言わないが、それでも立派な家屋である。

 無事に案内出来た嬉しさ、そして目の前に立つ家屋の立派さ、これからドゥエドゥエさんがそこで生活をするのだという事にルディは胸を弾ませ、小走り目に家屋へと近付いた。


「ドゥエドゥエさん、あれですよ!」

『ドゥエ……グエ……グェ……』

「話に聞いていたよりも大きそうですね。これならいずれドゥエドゥエさんだけじゃなくて……」

『グェ……ゲェ』

「……ドゥエドゥエさん?」


 ドゥエドゥエさんからの返事にルディは違和感を覚え、どうしたのかと振り返り……、

 一つだけ青い彼の瞳と目が合った。


 一つだけ。

 他の四つの瞳はまるで血のように赤い。


『……ニゲ、テ』


 軟体がふるりと揺れ、ひしゃげたような声を発する。

 一つだけ青かった瞳が赤く染まり、真っ赤な五つの瞳がギロリと鋭く睨んでくる。

 同時に頭上高く掲げられた軟体の腕のような部位が己に振り下ろされるのを見て、ルディは小さく悲鳴をあげた。



 ◆◆◆



「ドゥエドゥエさん……、どうして……」


 息を切らせながらルディが呟いた。

 あの瞬間、彼の腕と思われる部位は間違いなくルディへと振り下ろされた。まるで殴るかのように……。

 幸い、反射的に身を捩ったため避けることはできた。そのまま走って木陰へと身を寄せたので怪我もしていない。ドゥエドゥエさんは足が――といっても軟体だが―ー遅く、多少の時間は稼げているだろう。

 だが森の奥へと逃げてしまったため今から引き返して森を抜けるのは難しい。


「さっきまで穏やかに話していたのに……」


 脳裏に過ぎるのは最後に聞いた彼の声。耳の横を物が掠める音。

 ドゥエドゥエさんの腕はルディの体の真横、数センチずれて地面を殴りつけた。柔らかな軟体ではなく硬い感触。土が抉れていた。

 仮にあれが自分に当たっていたら……、想像するだけでルディの背が恐怖で震える。


 どうして、なぜ、どうしよう。


 そんな不安や疑問が頭の中で湧き上がり、冷静にならなくてはと分かっていても思考は渦巻くように混乱する。息苦しいのは走ったせいか、それとも恐怖からか。


 どうにかして他の人にこの事を伝えなくては。

 いや、そのまえにドゥエドゥエさんがなぜあんな事をしたのかを聞き出すのが先か。

 だけど彼の様子は明らかにおかしかったし、今出て行って冷静に話が出来るとは限らない。

 ならばやはり誰かと連絡を取るのが先か。

 でもどうやって連絡をすればいい?

 どうにか見つからないよう森を抜ける必要があるが、下手に動けば彼と鉢合わせしてしまう……。


「どうしよう、どうしよう……」


 混乱と不安が綯い交ぜになり考えが纏まらない。

 息苦しさは一層増して、心臓が痛いぐらいに鼓動を速める。こんな状況で見つからずに行動できるだろうか? 震えて足がもつれて転んでしまうかもしれない。


 だがここで待っていてもただ時間が過ぎてゆくだけだ。

 戻りが遅くなればブルーノ達が不審に思って探しに来てくれるかもしれないが、もしもその前に見つかってしまったら。それに周囲が暗くなったらどこにも行けなくなってしまう……。


「だめ、考えが纏まらない。とにかく落ち着かないと。そうよ、まずは落ち着いて何をすべきかを……っ!!」


 己を落ち着かせようとしていたルディの言葉が途中で止まった。

 どこかから『グェ……グェ……』と聞こえ、その声が次第に大きくなってくる。


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