第5話 見つからない来訪者
「居なかったの?」
ルディが尋ねたのは、とあるレストランのテラス席。
向かいに座るのはハヴェルだ。彼はルディの問いに頷いて返してきた。
話は日中に遡る。
ドゥエドゥエさんについてをルディ達に任せた後、ハヴェルはルドルフや課の仲間達と一緒に森へと向かった。
だがそこにはいるはずの来訪者の姿は無く、探せども見つからなかったらしい。
「元々来訪反応は二つ同時にあったんだ。それも二つとも森の中で距離も近かった。だから直ぐに見つかると思ってたんだが、実際に現場に居たのはドゥエドゥエさんだけ。もう一方の来訪者の姿はどこにも見つからないんだ」
「それで私達と話したあとに探しに行ったの?」
「あぁ、範囲を広げて総出で探したんだが結局見つからず仕舞いだ」
来訪者が必ずしもその場に留まるとは限らない。
異世界に来てしまったことで気が動転して移動してしまう者や、運悪く動物に襲われて逃げる者、中には自分が異世界に来たとすぐに理解し行動に移してしまう者もいる。
だがそういう場合でも、多少の時間は掛かれども周囲を探せば見つかる。
だというのに今回に限り、先行課総出で探しても来訪者が見つかっていないのだという。
「近隣の村や町にも聞いて回ったが、それらしい報告もあがってないんだ。そもそも俺達より先に誰かと遭遇して保護されたとしても、来訪者の保護と報告は国民の義務だろ」
「どこに行っちゃったのかしら……。心配だわ」
来訪者の出身は様々だが、総じて異世界と呼ばれるこことは違う世界から来ている。
意外と近しい文化の世界から来ることもあるが、話に聞いただけでは想像も出来ないまったく異なる世界から来ている事もある。
とりわけ後者の場合はこちらの世界での生活に馴染むのに苦労する。そのための歓迎課でもある。
そんな来訪者が、今も一人で森の中を彷徨っている……。
胸中を想像するだけでルディの胸にまで焦燥感が湧き上がる。
「きっと不安なはずよ、早く見つけてあげて」
「分かってる。実を言うと、この後また捜索に出るんだ」
「この後?」
「一応仕事は終わったが、可能な者は夜間の捜索にも出てくれって言われてる」
てっきりハヴェルも今日は仕事終わりだと思っていたが、ただ夕食の為に一度外に出ただけで、この後また来訪棟に戻り仲間達と共に捜索に出るという。
この話に、ルディは驚いて外を見た。夕食の時間だけあり周囲は既に暗く、市街地でこれなのだから森の中はより暗いだろう。真暗闇だ。当然明かりは持っていくだろうが、それだって自分の足元を照らす程度にしかならない。
こんなに暗いのにというルディの言わんとしている事を察したのか、ハヴェルが苦笑した。
「俺だって新米とはいえ先行課の一人だからな。どこかの誰かさんみたいに、暗くて怖いってメソメソ泣いてなんかいられないだろ」
「私が泣いたのは小さい頃よ! それに泣いてたのは窓の建付けが悪くて揺れて音がしてたから!」
「毎晩泣きながらおばさんとおじさんの寝室に行ってたんだってな」
「窓を修理するまでの短い期間よ!」
ルディが慌てて訂正するも、ハヴェルはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるだけだ。
そんな彼を睨みつけ、ルディは「さっさと仕事に戻ったら?」と厳しい口調で言い捨てた。メニュー表を手に取りながらなのは自分は残るという意思表示だ。「お会計だけ済ませておいて」という一言も忘れない。
「残念だが、集合までまだ一時間以上ある。デザートを食べて、ルディを家まで送って戻っても余裕だ」
「新米なんだから一時間前から待ってるぐらいの殊勝な姿勢を見せたらどうなの? でも、レディを家まで送っていく姿勢は認めてあげる」
上から目線でルディがメニュー表をハヴェルへと渡せば、彼が楽しそうに笑った。
◆◆◆
そうしてデザートを堪能し、会計時に約束通り明日の朝食用のサンドイッチセットを買ってもらい、帰路に着く。
ルディが住んでいるのはブルーノの家の隣だ。元は離れとして使っていたところを、ルディが一人暮らしをする際に貸してもらって今に至る。
「やぁルディ、おかえり」
家の前を通れば、話し声で気付いたのか、カラと窓が開いてブルーノが顔を出した。
ルディがパッとそちらを見上げ「ただいま、先生」と返す。
「ハヴェル、わざわざルディを送ってくれてありがとう。これからまた来訪棟に戻って森に行くんだろう?」
「夜間の捜索のこと、ご存じなんですか?」
「ルドルフから、もしかしたら連絡が行くかもしれないって言われてるんだ。一応なにがあっても出られるようにしておくから、困った事があったら直ぐに呼んでくれと伝えておいてくれるかな」
「はい。ご協力ありがとうございます」
ハヴェルが感謝の姿勢を示せば、ブルーノが穏やかに笑う。そうしてハヴェルには労いと鼓舞の言葉をかけ、そしてルディには就寝の挨拶を告げ、窓を閉めて部屋の中へと戻っていった。
再び二人きりになり、ルディの自宅へと向かう。もっとも、隣にある離れゆえ、たった数歩で玄関に着いた。
「一応『ごちそうさまでした』って言ってあげる」
「はいはい、どういたしまして。それじゃまた明日な」
「うん。……ところで、ハヴェル」
「どうした?」
尋ねてくる彼に、ルディは一瞬言葉を詰まらせ……、それでもとそっと手を伸ばして彼の外套の端を摘まんだ。
軽く引っ張る。「あのね……」と話し出す自分の声は我ながら小さい。静かな夜道だからこそ彼に届いたが、ここが先程のレストランや人が行き交う来訪棟だったなら掻き消されていただろう。
「……頑張ってね。でも、あんまり無茶しないで気を付けて」
囁くような声で告げる。恥ずかしくて顔を上げる事も出来ない。
それでもと窺うようにゆっくりと顔を上げれば、ハヴェルが驚いたと言わんばかりの表情をしている。
他の課の同年代の女性達からは「クール」だの「凛々しい」だのと言われているが、そんな評価を覆しかねない表情だ。唖然として言葉を失っており、その驚きように逆にルディの緊張や気恥ずかしさが払拭されてしまう。
「なによその表情、失礼ね!」
「い、いや、だってお前がそんな素直に……」
「私はただ来訪棟で働く職員として、怪我をされたら問題になると思って言っただけよ。それに自分を探すために他人が怪我をしたと知ったら、来訪者が気にしちゃうかもしれないでしょ」
だから、と話せばハヴェルが苦笑を浮かべる。
どことなく嬉しそうな表情だ。きっとルディの言い分を照れ隠しだと思っているのだろう。
なんて居心地が悪いのかとルディは心の中で唸り、「さっさと行ったらどうなの」と彼を急かす事にした。誤魔化したり別の話題を振るより、この場を終わらせた方が得策だ。
「ルディが家に入ったら俺も行く。ちゃんと最後まで送らないとな」
「……そうやって突然紳士ぶるのズルい」
不満を口にし、見守られているのを感じながら鍵を開ける。
そうして扉を開けて中へと入り、最後に一度、ハヴェルと向き合った。
「……頑張ったら、また夕飯に付き合ってあげる」
そう告げれば、ハヴェルがまたも意外そうな表情を浮かべ、次いで今度は楽しげに笑った。
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