第2話 ルディとハヴェル


 部屋に入ってきた二人の騎士。

 彼等は来訪棟の『先行課』に所属している。『迎撃課』とも呼ばれている課だ。


 来訪者が出現した反応があると、まず彼等が現地に向かい来訪者と接触する。ゆえに『先行課』だ。

 そして来訪者が危険な人物であったり、本人に敵意はなくとも魔力や能力の暴走で周囲を害する危険がある場合、彼等が迎え撃つ。そのため『迎撃課』とも呼ばれている。

 同じ来訪棟に勤めてはいるが、穏やか平和かつ無害の際たる存在の歓迎課とは真逆の立ち位置と言えるだろう。


 部屋に入ってきた一人はルドルフ・アザーキー。遊撃課の責任者であり隊長を務めている。いかつい見た目と鍛え上げられて体躯がまさに屈強な騎士だ。

 その後に続いて入ってきたのは……、と、その姿を見て、ルディの眉間に皺が寄った。むむむっと難しい顔をしてしまう。


「ハヴェル……」

「よぉルディ、久しぶり……ってわけでもないな」


 ルディの向かいに腰掛けたのはハヴェル・ロックワール。来訪遊撃課の一人で、精鋭揃いの迎撃課に若くして選抜された有望株だ。

 ……もっとも、ルディからしたら嫌味な幼馴染でしかないのだが。

 彼はルディの向かいに腰掛けるやグイと身を寄せてきた。濃紺の髪、翡翠色の切れ長の目、いったい何度こうやって彼の顔を目の前にしたことか。


「聞いたぜ? 昨日は仕事が無くて午前上がりだったんだろ。相変わらず暇そうで羨ましい話だ。でも俺も昨日は休みだったから、言ってくれれば構ってやっても……いてっ!」


 ハヴェルが途中で言葉を止める。彼の頭が軽く叩かれたからだ。

 叩いたのはルドルフ。元より渋い顔付きを更に顰め面にし、部下をぎろりと睨みつけた。

 その迫力と言ったらなく、ルディは竦みあがってしまいそうなほどだ。ルドルフはブルーノと同い年と聞いたが、見た目も纏うオーラも真逆とさえ言える。

 だが叩かれたハヴェルは上官の顰め面は見慣れているのか、さほど億すことなく、はたかれた頭を押さえて「なにするんですか」と不貞腐れている。


「仕事の最中だぞ」

「だからって叩くことないじゃないですか。……ルディの前なのに」

「お前が失礼なことを言うからだろ。暇な課などと、ブルーノ殿、部下が申し訳ない」

「べっ、べつにブルーノ殿に言ったわけじゃありません! ブルーノ殿はうちの仕事も手伝ってくださってるし、歓迎課は他の方も異世界言語に長けてて仕事も多くて、だから暇って言ったのはルディに対してだけでっ!! だから叩かないでくださいよ!」


 再び軽快な音で頭をはたかれ、ハヴェルが情けない声をあげる。

 これに対してルディは「自業自得よ」と小さく呟き、ハヴェルにベェと舌を出して見せた。

 これに対してブルーノから「こら、ルディ」と咎められてしまうが、容赦なく頭をはたくルドルフに比べてブルーノの口調は随分と優しい。

「こら」と叱りの言葉を声にも口調にも優しさが溢れている。というか優しさしかない。


 そんなやりとりの果て、ルドルフが「それで本題なんだが」と場を改めた。


「今朝方の来訪者に関して一通りの調査をしたところ、我が国引いては大陸に危険も無いと判断が下った。だが意志の疎通が難解で、ゆえにそちらでの預かりを頼みたい」


 ルドルフの説明は、つまるところ『今回の来訪者はたいしたこと無さそうなのでそっちで面倒を見てくれ』と言う事だ。

 意志の疎通が難解というあたり違う言語を使用している可能性が高い。その点でも異世界言語の第一人者であるブルーノの力を借りたいのだろう。

 ルディとブルーノが同時に頷いて返す。それを見て、ルドルフが感謝の言葉を告げて立ち上がった。


「申し訳ないが、このあと別の来訪者のところに向かわねばならない。我々はここで失礼させてもらう。件の来訪者もじきに来るだろう」


 来訪者の出現頻度は一定していない。長く来なかったかと思えば、今日のように日に何度も来訪者が現れる事もある。

 相手が相手なだけに「先に来た人がいるからちょっと待ってて」なんて言えるわけがなく、危険な来訪者の可能性もあるため他の課の者達に向かわせるわけにもいかない。

 ゆえに、来訪者が重なるとルドルフ達の課は慌ただしくなる。


「忙しくて大変ですね。どうか無理はなさらないでください」


 ルディが労いの声を掛ける。あくまでルドルフに対してだ。彼をじっと見つめ、もちろん横に立つハヴェルには視線すらやらない。

 ハヴェルが不満そうに「俺には何もないのか」と訴えてくるが、これには「頑張って働きなさい新米」と煽っておいた。


「いつも俺のこと新米って言うけど、ルディだって歓迎課の中じゃ新米だろ!」

「うちは人手が足りてるから新人を入れてないだけよ。私は勤めてもう三年目になるの、立派な職員だわ。ハヴェルはまだ一年目でしょ?」

「それは来訪棟に勤めてからだろ。俺は元々四年間騎士隊に居たんだから、国に対しての勤続年数じゃ俺の方が長い!」

「すべては来訪棟に勤めてから数えるのよ」


 あっさりとルディが言い切り、改めるように「新米」とハヴェルに告げた。

 彼が悔しそうに唸る。最近少し大人びてきたかと思ったが、悔し気な態度はまだまだ子供の時のままだ。


「このっ……! 今夜飯でも奢ってやろうと思ったのに……!」

「ハヴェルに奢ってもらう理由なんて無いわ。それよりさっさと行ったらどうなの。新米なんだから、隊長より一時間早く現地に着くぐらいのやる気を見せなさいよ」

「単独行動なんて出来るわけないだろ! あと新米って言うな、新米ルディ!」

「なによ、だから私は新米じゃないって言ってるでしょ!」


 どちらも負けじと言い返し睨み合う。

 そんな二人を制止をするのはもちろん各々の上司だ。


「ハヴェル、お前なぁ……。いい加減にしろ。ほら、さっさと行くぞ」

「ルディ、そんなに意地悪を言うもんじゃないよ。ほら落ち着いて、そんなに怖い顔をしてると来訪者が不安になってしまうよ」


 片や厳しく、片や優しく、部下を次の仕事へと促す。

 これに対してルディもハヴェルも「はい!」と威勢よく返事をし……、最後に一度、お互い揃えたようにべぇと舌を出して威嚇し合い、各々次の仕事へと取り掛かった。


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