第3話 駐在一家の秘密②

 僕は、こぎつねうどんのトレイを持って、住居の二階へ上がる階段の前に立っている。

 階段の裏が、表から見ると物入れになっているんだけど、そこへ回って、戸を開ける。すると。

 戸の向こうには隠し階段がある。

 地下の、秘密の保護室につながっている。

 僕は、そこを降りていく。

 ほかの駐在所をあまり知らないのでわからないんだけど、よそにもこういうの、あるんだろうか。

 重たい鉄の扉。

 呼び鈴を押す。了承のランプが点灯したのを確かめて、カードキーで開ける。


「おや、マー坊、どうしたの」


 怪盗シャノワ。

 もう、お父さんの顔をしてはいない。

 変装の名人の顔というのは、目鼻立ちは整っているけれど、特徴がない。近所を歩いても、人目を引くことはなさそうだ。

 髪は短い。こないだお父さんがカットした。


「まだ寝ないの?」


 様子を見に行くといつも筋トレをしている。


「お母さんから。今日のお礼だって」

「ありがたいね。いただこうかな」


 この保護室、広さは八畳くらい。トイレのほかに半畳だけどシャワーもついていて、馴れれば居心地はいいと言うんだけど、怪盗が言うことだから、普通の人はどうかわからない。

 ほかにはベッドと小さいテーブルと椅子。インターネットは使えないけど、本を読んだりするのはできる。

 留置所っぽくはないなあ。


「じゃあ、おやすみなさい」


 僕は保護室を出て、もう寝よう。部屋へ戻ったんだ。


   * *


「ご無沙汰しています」


 駐在所を訪れた人物は、駐在さんに麦茶を出されて恐縮している。


「お変わりありませんか」


 バックパックを背負っているので、島を巡る旅行者に見える。仕事を引退して、時間ができたふうな。


「サクラバさんの引き継ぎ通りにして様子を見ていましたが、なかなか風変わりな案件ですねこれは。息子に叱られてばかりですよ」

「ははは、先ほど〈大寅屋〉でお見かけしましたよ。なかなかの助手ぶりで」


 どうもこの人物、さっき〈大寅屋〉で話し込んでいた一人らしい。


「〈彼〉も、サクラバさんの頃から協力的でしたが、それも変わらずよかった」

「いやあ、でも内心どう思ってますかねえ」

「ああ、そこは私も気にしていました」


 訪問者は、周囲にちら、と、目配りしたあと、


「何せ、〈怪盗シャノワの好敵手〉と言われた君が、まさか駐在を希望するとは〈彼〉も思いがけなかったのではないですか」

「〈好敵手〉は、褒めすぎですよ」


 マー坊は、お父さんの結婚前の経歴を知らない。


「だって、そもそも捕獲不可能と騒がれていた〈彼〉を逮捕したのはあなたじゃないですか」


 今日はかき氷の食べ過ぎで横になっていたけれども、若い頃の駐在さんは、すごい人だったようだ。


「いや、でも、」


 駐在さんは、続ける。


「あれはやはり、〈彼〉にも目的があったのではないかと思うんです」


 駐在さんは、〈怪盗シャノワ〉は、平凡な警官である自分に、わざと捕まったのではないかと長年疑っているのだった。


「保護される駐在所も、これで五ケ所目ですよね?」


 離れ島の駐在所ばかり。


「それに、〈彼〉の処遇は、そのいずれの島でも今のようだったそうじゃないですか。その、〈駐在の許可を得、すべての秘密が厳守される範囲で保護室の外へ出られる〉。

 これは、警察側にも事情がありそうですよね?」


 訪問者は、そこでなぜかにっこりした。


「そう。やはりおかしいと君も思うだろ? その通りだ」

「私よりも、息子がうるさいですよ。あやしい、って。

 とはいえ、〈彼〉とはよくいっしょに遊んで、なついているんですけどね」

「怪しまれているのなら、かえって話が早い。

 実はね、急な話なんだが、朝まで〈彼〉の身柄をお借りしたいんだな」

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