第2話 駐在一家の秘密①

「大した怪我とかなくて、よかったね」


 僕が駐在さんに言うと、


「ん?

 ……あはははははは!」


 ずっとこらえていたのか、急に笑いだした。


「聞かれちゃうよ?」


 あんまり大きな声だったので、僕はちょっとだけ注意した。


「ああ、ごめんごめん。

 まさか、あんなところで〈怪盗シャノワ〉なんて聞かされるなんてな」


 怪盗シャノワが世間を騒がしていたのは、僕が生まれる前のこと。実は言われてもあんまりピンとこない。


「それにさ、〈ハッスル〉って何さ。そんなこといつもは言わないよ?」

「え? そうかな。言うよ?」

「言わないよ」


 失礼しちゃうなあ。


「もう帰ろうよ」

「そうだな。それが君の任務だ、マー坊」


 またまた失礼しちゃうな、その言い方。


「ところで君は、この間、また学校で先生に『お母さん』って呼んだそうだね」

「えっ?」


 どうして知っているんだろう。

 よくやっちゃうんだよね。


「で、でも、それでクラスの子たちと仲良くなれたし」

「え、本当に言ってたのかい?」


 どういうこと?


「ただ、からかおうと思って言ってみただけだよ。

 そうかあ、言ってたのか」


 そんなに笑わなくても。

 ほんとに、失礼だなあ。


 少し行くと、駐在所の明かりが見えてくる。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 お母さんが団扇片手に出てきた。


「大丈夫だったでしょ? ご苦労様」

「ただいま帰りました」


〈駐在さん〉が、お母さんに敬礼する。


「お父さんの具合、どう?」

「だいぶ落ちついたみたい。

 まったく。巡回中に、かき氷勧められるだけ食べちゃうなんて、ダメよね」


 お父さんは、奥の部屋で横になっていた。

 やれやれ。かっこ良くないなあ。


 え? お父さんは、駐在さんじゃないのかって?


「すまなかったよ」


 お父さんは起き上がって、駐在さんに向って言った。

 


「なあに。いつもお世話になってる駐在さんですからね」


 Tシャツ姿のお父さんが、制服姿のお父さんに向かって話している。そんな光景。


「じゃあ、戻りますよ。監視役もなかなか厳しくてよかったですよ」


 そう言って、制服姿の方は自分の部屋へ向かっていった。


「やれやれ、こんなこと、あんまり良くないんだよね?」


 僕はお父さんとお母さんに。


「だって」

「だって、じゃないでしょ」


 お父さんとお母さんが顔を見合わせる。


「いいじゃない、けんかもおさまったし。この時間、島の外に出るなんて無理だし」


 ここが〈のんびり村〉というのは、こういうところだ。

 町にいた頃は、二人ともこうじゃなかった。もっと厳しい人たちだと思っていたのに、今年の三月ここに赴任してからというもの、すっかりのんびりした人になってしまった。


「ゼンニンから引き継いだ、拘束中の犯罪者に頼るなんて」

「あら。町の本部からのお話は、次の指示まで当面これまで通りの扱いを継続するように、ってだけよ。ただし逃がさないで。

 逃げてないでしょ。大丈夫よ」


 僕たち一家がこちらに赴任してきて、驚いたことがある。

 ゼンニンのサクラバさんに案内された、駐在所にある保護室に、人がいたのだ。

 聞くと、自分は〈怪盗シャノワ〉だ、という。

 そんなこと、ある?

 お父さんたちによると、怪盗シャノワの現在については、どこにも公表されず、警察の秘密とされている。

 そりゃ、誰も知らないわけだよ。

 まさか、こんなのんびり村の駐在所に身柄が隠されていたなんて。


 離れ島だから、みんな油断してるんじゃないの? 仮にも〈怪盗〉なのにさ。よく知らないけど。


「マーくん、」


 くさくさしながらお風呂から上がると、お母さんがトレイを持って待ち構えていた。


「お夜食、持っていってあげて? 今日は助けてもらったんだし」

「うん」


 僕はトレイを受けとる。

 刻んだお揚げがたくさん乗った、こぎつねうどんだ。


   * *


 マー坊が夜食を運んでいったあとで、駐在夫妻は顔を見合わせた。


「また、マー坊に怒られちゃったね」

「ね」


 そこに。


「ごめんください。駐在さん」


 呼び鈴が鳴り、表から声も聞こえた。

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