のんびり村、怪盗事件。
倉沢トモエ
第1話 その村には。
その島の小さな村には。
……知っている人がいるとまずいので、とりあえず〈のんびり村〉としておく。
その島の小さな村には。
村役場があり、集会所があり、消防団があり、寺と神社と教会がある。
学校があり、海があり、田畑があり、宿屋と漁師の住まいがある。病院もある。商店もある。宿屋もある。食堂もある。皆顔見知りだ。
何もない離れ島なので、安全に関しては消防団と、町から来た駐在一家がいるだけだ。
その駐在一家。
島内の平穏な生活のために毎日見回りをし、一人暮らしの家には声をかけ、子供たちの登下校を見守り、酒場でけんかがあれば仲裁する。
「どうも、すみませんでした」
島にある酒場のひとつ、〈
本日のけんかはこんなかんじ。
店が終わる時刻にはまだ早い夜八時。最初は仲良く幼なじみの常連、アラカワさんと飲んでいたオオバヤシさん。
ささいなことから二人は口論をはじめ、やがて店の中のものを投げつけ合うこととなった。
〈ささいなこと〉?
なんだろうね、二人の子供時代の話題からこうなったらしいから、昔のはなしが蒸し返されたらしい。
「ほら、やめてオオバヤシさん。イテテ!」
そんなところに、僕のお父さんは、いや、駐在さんは割って入る。大変だ。
オオバヤシさんが投げつける丸椅子を受け止めて、お店の主人の大寅さんに渡し、別の部屋に隠してもらう。
その間、アラカワさんもおとなしくはしていなくて、隙を見つけては反撃する。
具体的には、コップ(よくお父さん、いや、駐在さんもよく落とさないで両手両足で受け止められるよ。曲芸みたい!)や、マンガ雑誌を投げつけていた。
マンガ雑誌の一冊が、スズキさんが食べかけていたラーメンに飛び込んで台無しになったのは残念だ。
「お父さん、いや駐在さん、大丈夫?」
僕は小学生四年生なので、酒場にいてはいけないのかもしれないけれど、ごらんの通り〈締めのラーメン〉も出てくる、半分食堂みたいな店だからいいだろう、ってお母さんが。それでお父さん、いや、駐在さんの助手として来ているんだ。
「ああ。ちょっとハッスルしたなあ。ははは」
幸い、店の椅子や胡椒入れが壊れただけで、怪我人はいなかったんだけど、お店にしたらたまらないなあ。
少し時間が経って酔いが醒めるとオオバヤシさんとアラカワさんは、あちこち頭を下げていた。
「まあまあ。仲直りできてよかったですよ」
駐在さんは、壊れたものや被害状況を書きとめて、
「では、失礼します」
「すみませんでした」
「いやあ、駐在さんのお手並み、すごかったなあ。まるで怪盗シャノワだよ。
この村も、大したもんでしょ?」
飲み直し始めたお客さんたち(同じクラスのタカハシくんのお父さんもいた)の中には、旅行に来た人もまざってたみたい。お酒の席って、はじめての人でも仲良くなりやすいんだって。
「え? そうなの? 怪盗って、あんなことするの?」
僕は思わず声を上げる。
〈怪盗シャノワ〉というのは昔、都会を騒がせた文字通りの怪盗だそうだ。
「投げつけられたカラーボールを、全部笑いながら受け止めたってネットに書いてあったよ」
「変なやつ」
すごいけど、かっこ良くはない気がする。
「ネット上に予告状を出して、みんなその通りに盗んでいったんだよな。18世紀の貴族の持ち物だった、妙な仕掛けつきの宝石箱とか、博物館の化石とかもあったっけ。変装の名人で、神出鬼没でさ。
宝石鑑定士の秘密の部屋から予告状通りにサファイアを盗み出したのが最後だったな。それから捕まったっけ?
もっとも、その鑑定士も捕まったんだけどな。盗品倉庫だったからね、その部屋」
「予告状、とか凝ってるけど、おおっぴらにできないところでまでそんなことするの、やっぱり変なやつだな。
怪盗なのに捕まったんだっけ? つまらないな」
「まあまあ、ビガクってやつがあるから、怪盗なんじゃないの?
捕まってから先の彼がどうなったのかは、どんな事情だか知らないけど、極秘事項らしくてな。拘置所とかにいるんじゃないの? なんだろうね」
「とりあえずさ、島の伝承を調べに来たこの方も、ついでに島民のいつものけんかも目撃できて、土産話ができたね! あはは。
おっと、こんな話で引き止めちゃった。マー坊、明日学校だな? おやすみ」
「おやすみなさい」
「ところでこの島は、未確認飛行物体の話なんかもありましてね……」
酔っ払った大人たち。お話しは尽きないみたいだけど、僕は手を振って、駐在さんと家へ帰る。
島の夜道は暗い。街灯が少なくて、町内会で増やすよう話し合っているところだ、って聞いた。
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