逃げるしかない
お姉ちゃんが変わった日から、僕は注意深く観察していた。
以前より食欲が旺盛になり、身体が一回り大きくなったようだ。お風呂に入らなくなったせいか、身体からすえたような臭いがするし、口臭も強くなったような気がする。
怖れていた時が、ついにやってきた。深夜にお姉ちゃんが僕の寝室にやってきて、僕の腕に噛みつこうとしたのだ。たまたま、僕の眠りが浅くて、かろうじて逃げることができたけれど、熟睡していたなら腕を一本うしなっていたかもしれない。
僕はお姉ちゃんに向かって、掛け布団を投げつけた。頭から掛け布団がかぶせられ、身動きがとりづらいのか、お姉ちゃんは棒立ちになっている。そこへすかさず、体当たりをくらわせた。これが意外と効いた。
お姉ちゃんは転倒したはずみで、頭部を壁に強打したらしく、なかなか立ち上がれずにいる。その隙に、僕は玄関から飛び出した。パジャマ姿だけど、そんなことに構ってはいられない。
あとは、ひたすら逃げた。必死に逃げ続けた。もちろん、助けを求めることも考えた。交番に駆け込めば、どうにかなるのではないか。
いや、警察官は拳銃をもっている。殺傷能力のある武器をもっている。化け物が目の前に現れたら、撃つかもしれない。それ以前に警告をするつもりが、お姉ちゃんの頭部や心臓に命中しないとも限らない。
お姉ちゃんを撃たせるわけにはいかない。それだけは絶対にダメだ。
他に頼れるところはないか。どこかに、頼れる大人はいないか。たとえば、中学はどうだ。中学での僕は先生受けがいいので、話のもっていき方しだいで、相談にのってくれるかもしれない。
だけど、お姉ちゃんが化け物になったと口にしたら、客観的に考えてどうなるだろう。すんなり信じてもらえるとは思えない。マンガの読みすぎだと決めつけられて、正気を疑われてしまうのがオチだろう。
たてつづけに、くしゃみが出た。寒空にパジャマ一枚、素足にスニーカーでは、寒くて仕方がない。どこに行くにしても、この格好のままでは無理だ。一旦家に戻って、制服に着替える必要がある。
だが、お姉ちゃんが待ち構えている可能性が高い。いや、僕を追いかけて、外に出た可能性の方が高いか。もしそうなら、外に出ている間に素早く済ませる必要がある。
勇気を出して、おそるおそる家に入ってみた。日頃の行いがよかったせいか、天が味方をしてくれた。お姉ちゃんは外に出ていって、まだ戻っていないらしい。
僕は素早くパジャマを脱ぎ捨てて、身支度を済ませた。ショルダーバッグにスマホと財布を入れて、玄関に向かう。スニーカーを履く前に、もう一つ重要なものを持ち出すことを決意した。
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