盗まれたミイラ
コーヒーのふくよかな香りと豊かな味わいを心の底から堪能しました。インスタントコーヒーしか知らない私には、初めての本格的なコーヒーです。心身ともにリラックスができたところで、芦矢さんがさりげなく口を開きました。
「お電話で、大まかなところはうかがっています。川上家の家宝のようなものを盗まれてしまったとか。高価な宝石や絵画であるなら警察の管轄です。僕のところに相談にくるということは、心霊関係もしくは妖怪がらみということですね」
私は大きく頷いて、
「はい、その通りです。盗まれたものは、〈河童のミイラ〉。正確に言うと、河童の手のミイラなんです」
川上家は昔、薬の小売りをしていたという。江戸時代には、河童の血も扱っていて、それさえ飲めば、どんな病気でもたちどころに治ったらしい。客観的には眉唾物に思えるけれど、当時はそのように信じられていたのだと思う。
「本当はスッポンの血だったらしいです。ビタミンやミネラルが豊富なので、まるっきり嘘を吐いていたわけじゃないと思うんですけど」
「お上がうるさくなる前は、〈河童の薬〉の他に〈天狗の薬〉もあったといいますね。万能薬をうたうのに、河童や天狗の名前が使われたんです。ありがたい神様みたいな扱いだったのでしょう」
「アニメやマンガの河童はかわいいイメージですけどね」
「河童の伝承は全国に残っていて、その呼称は80を超えるといわれます。エンコウ、スイコ、ヒョウスベなどですね。一般的に緑色と思われていますが、赤や黒の河童もいたらしい」
「へぇ、赤い河童がいたんですか」
「ええ、柳田國男の『遠野物語』には、「遠野の川童は面の入り
「初めて知りました」
「河童は薬の処方が得意で、〈
「川上家の御先祖様も、河童から薬の処方を学んだのかもしれませんね。そのからみで、祖母の家に〈河童のミイラ〉があったのかも」
「ミイラを盗まれたお宅は、どちらにあるんですか?」
「
「ええ、わかっています。妖怪をわかりやすくビジュアル化して、それを一般的にしてしまったのは、水木しげるさんの功罪ですね。現代の妖怪は人間の悪い部分と深く関わっています。目に見えないだけに、とても厄介な相手です」
「はい、川上家の方も同じことを言っていました。〈河童のミイラ〉を盗まれたことより、盗んだ人のことを心配しています」
「なるほど、よくわかりました。ご依頼内容は、〈河童のミイラ〉を見つけて、速やかに取り戻すこと。あと、盗んだ人間が被害を受けていないかどうかも、合わせて確認しましょう」
「よろしくお願いします」
芦矢さんは立ち上がり、かたわらのショルダーバッグを手にとった。
「川上家まで案内してもらえますか?」
「えっ、これからですか?」
「ご迷惑でなければ、早速とりかかりましょう。」
こうして、私たちは川上家のお屋敷に向かうことになったのだ。
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