23時のコンビニ

 私の家から徒歩30秒の場所に、コンビニエンスストアがある。

 帰宅途中にどうしても前を通るため、ついつい入ってしまう。暗い夜道にただそこだけ、煌々と発光するコンビニ。暗闇の中の光は人を安心させてしまうものだ。だから、気づけば私の足がコンビニに向かっているのは仕方のないことだ。人間の性だ。抗えない。

 店員さんに不審がられるほど店内を何周もして、眉間にしわが入るほど真剣に、家で楽しむ品々を物色する。悩んで悩んで、結局チーズおかきとアイスを購入し、浮足立って家に帰る。

 もうすぐ明日になってしまう、ちょっぴり不良の時間帯。この時間にお菓子を食べることへの背徳感が、かえって私のこころを満たすのである。



 そんなコンビニ。昨日も立ち寄ってしまった。

 だがいつもと違ったのは、入店した瞬間、あるものが私のこころを奪った点だ。

 いつもなら、私が来店したために一旦作業を中断してレジの定位置についた店員さんが再び作業に戻るくらいには店内を物色するのだが、昨日は違った。

 私のこころを奪ったもの。それは何か。

 特大ジューシー肉まん、こやつである。

 肉まんは肉まんでも、ただの肉まんではない。「特大」で、なおかつ「ジューシー」なのだ。「特大」で「ジューシー」だから、肉まん(通常版)よりお値段が張る。スリーコイン、300円也。

 さらに、特大ジューシー肉まんでも、ただの特大ジューシー肉まんではない。最後のひとつ、ラス1まんなのだ。ショーケースのなかには、あんまんも、カレーまんも、ピザまんも、肉まん(通常版)もない。ただひとつ、特大ジューシー肉まんだけが、まるで私の帰りを待ちわびていたかのように残っていたのである。


 しかし。この夏毎日のように蕎麦と天丼のセットを平らげていた私は、減量を誓ったばかりだった。


 ここで肉まんを食べるのは、さすがに志が弱すぎるよ!

 でもねでもね、きっとこの肉まんは私がコンビニを訪れるのを待ってたと思うの!


 脳内でミニチュアのわたしがふたり、ピーピーと言い合っているのが聞こえた。どちらの意見にも耳を傾け、慎重に判断する。

 しばらくすると、黒いスーツ姿のミニチュアのわたしが走って登場し、丸めて持っていた紙をバサッと広げた。


 持ち越し


 白い紙に、墨で書かれていたこの文字。

 

 持ち越し!持ち越しです!

 記者風のミニチュアわたしは興奮気味に、わたし本体に伝えた。


 情報を受け取った私は、泣く泣くコンビニをあとにしたのだった。


 だがこの判決のおかげで、かじかむ手を肉まんで温めながら、ふうふうしながら、ほくほくの肉まんを頬張るという冬の楽しみができた。まだ見ぬ肉まんに思いを馳せつつ帰宅すると、ちょうど昨日から今日になろうとしているところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る