魔法学
「魔法学?」
「ええ、そうです。魔法学。私が研究している学問ですよ」
アドニスは得意げな顔でそう言うものの、俺には俄かに信じ難いものだった。
「いや、魔法って、いわゆるあれだろう?火が出るとか、大地を操るとか、そもそも実在するのかすらも怪しい眉唾物じゃないか」
「ではあなたはあのオーブをどう説明するのです」
「む、それは……」
それは、確かに。冷静に考えれば、奇妙なものだ。
「分かりましたか?この世界……もといこのダンジョンには、必ず未知数の力が働いている筈なんです。もしそれが解明された暁には、きっとこの惨状も終わりを迎える」
横にいる男からは、明確な熱意を感じた。なるほど、彼の狂気を含む眼も、彼の常軌を逸した行動も、全てここに収束しているのか。ある一種の納得が起きた。
「じゃあ、アドニス。高尚なその魔法学者の君に一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか」
「勿論です」
「君は、魔法が使えるのか?」
彼の歩みが止まった。足音がこだまして消えていく。時が止まったようだ。俺は唾を飲んだ。彼は、微笑を浮かべている。まさか、本当に使えるのか。言いようのない高揚が胸の内から湧いて出た。
「いえ、別に」
俺は分かりやすく肩を落としたと思う。
「何だよ。期待させといて」
「勝手に期待したのは誰ですか。そもそも、我々が言う魔法はあなたの想像している魔法とはちょっと違うと思いますよ」
「どういう意味だ」
「昔こそどうか分かりませんが、今、魔法学界で言われている『魔法』とは、主に『魔法具』による効力のことを指すんです」
「魔法具?」
俺たちはまた歩き始めた。
「魔法具っていうのは、特殊な現象を引き起こす物体のこと、まあつまりは魔法みたいなことができる道具です」
「え、じゃあ誰でも使えるじゃないか」
「いや、正確に言えば、魔法っていうのはこのダンジョンができるより遥か前にあった古代技術のことで……」
「……つまりその時による魔力の封じ込みが今の魔道具に繋がっているという考察があるんです。だから魔法っていうのは……」
その後アドニスはおおよそ五分間はうだうだと小難しいことを言っている。何やら変な引き金を引いてしまったらしい。話をぼんやり聞くに、なんとなく、やっぱり眉唾物のような気がし始めた。
「あー、じゃあ、何。結局その魔道具ってのもないのか」
「それはありますよ。だって今現に持ってますから」
「!!」
彼はおもむろにに懐から小さな袋を取り出した。
「そ、それが魔道具なのか?」
「ええ、そうです」
「ちょっと貸してくれ」
彼から渡されたその小袋は、本当になんの変哲もない小袋だった。袋の口は開いていて、中には特に何も入っていない。革製の、ただの巾着袋だ。手の平に乗るほど小さなこの袋が、果たして魔法なんか出せるのか、と心底疑わしかった。
「本当か?ただの小袋じゃないのか」
彼にその魔道具を返した。
「まあ待って下さい。魔道具っていうのは発動条件があるんです。この魔道具の場合は、思い切り紐を引っ張るんです。すると……」
その刹那、閃光と破裂音が辺りに広がった。気づけば目を深く瞑り、両手を耳に置いていた。耳が、何やら変な感じがする。
「……なんだよ、これ……」
正直驚きすぎて、ようやく捻り出した言葉だった。心臓は未だに激しく脈打っている。
「これは魔道具で、効力は閃光と破裂音です。人体に害はありませんよ」
「お前この状態を見てよくそんな平気な口が叩けるな」
何回も唾を飲み込んで、ようやく耳が普通に戻ってきた。
「予測しておけば大丈夫という意味です。ところで、どうでした?素晴らしいでしょう?まさに純粋な魔力ですよ。魔法ですよ。これこそが魔法学の楽しいところなのです!」
目を輝かせるアドニスには申し訳ないが、想像していた魔法とは大きく違った。そりゃこの小さな袋からこんな力が出るのは凄いとは思うが、何というか……噂にあるような魔法はないものなのか。当然今のアドニスにはそんなことを言うのも野暮なので、胸の内に秘めておいた。
「ああ、ほんと、素晴らしいよ」
目の奥には、まだ残像が残っていた。
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