暗闇の一閃
何も見えない。暗闇が、全てを覆い尽くした。意識を聴覚に、触覚に集中させる。すると、全てが聞こえてくる。全てが分かる。自分の心臓の音も、吐息も、死体の燃える音も、地を駆け巡る音も、この空間を支配する風すらもが、聞こえてくる。すると、この場は見えなくとも、闇の奥で、全てが見えてくるようになるのだ。
「……」
風は、右に左に、俺の身体を吹き抜ける。『奴』の刃が何処からこの身を切り刻もうとするか。右か、左か。……いや、それは、奴次第だ。事前に知りようがない。今は、そんなことを考えない。頼りにするのは、この耳と、身体中の感覚のみだ。風は、奴は何処から来る。風の塊が近づいてくる。集中しろ。感じろ。想像しろ。奴の姿を……。
来た!
「——上だ!」
キイィン。と言う音と共に、物凄い重圧が頭上から押し掛かる。大きく、両手で振り上げた剣は、奴の短剣と激しく交わっていた。読みは当たったようだ。
「あ゛あ!?くっっそが!なんでだよ!」
盗賊は大きく弧を描いて後ろに下がった。形勢は互いに一歩として譲らない。勝負は束の間の静寂を取り戻した。
「さあ、約束通り教えてくれよ」
盗賊は唾を吐く。大層機嫌が悪そうだ。男はゆっくり話し始めた。
「……長いことここで盗人をしてる。貧相な身分でさ、そうする他ないわけよ。そんで、昔、同業者と揉めてそいつを殺した時、そいつの体から光る球が出てきた。綺麗だと思った。それに、取った瞬間、俺の体に異変が起き始めた。体が軽くなった。ちょっと地面を蹴るだけで、前よりずっと遠くへ行ける。前よりずっと、生活は楽になる。だから俺はこうして、お前らの命と身包みを欲しているわけよ」
「その左腕は?」
「左手はいつの日か動かなくなった。力も入らない。痛みも感じない。まるで別の部品がくっついているようで、最悪な気分だったね。だから、切り落とした」
「なるほどな。情報提供、感謝する」
俺がそう言うと、彼はニヤリと笑った。
「そりゃあ、どういたしまして」
——その瞬間。途端に、姿が見えなくなる。予備動作無しの攻撃!アドニスにした時と同じ様な、短いスパンの、より素早い攻撃だ。盾を構えようとした時、男の顔は既に眼前に迫っていた。
盾が宙を舞う。左手から遅れて痛みが来る。じわりと血が滲み出てきた。すんでの所で、胴を切り裂かれる所だったろう。
「は!ははは!バカだなあ。油断したかよ!ああ?一瞬でも盗人に心を許す奴がいるかよ!傑作だなぁ!本当に!」
高笑いが、大きくこの空間に響いた。屈辱的だった。何より目の前の敵に一瞬でも隙を許したことが信じられなかった。左手を押さえる。大した傷ではない。
「……聞き忘れていたな。お前、名前は?」
盗賊は、体勢を低くしてこう言った。
「ルメス・クリウス。しがない盗賊さ」
男の姿が消える。俺は、剣の柄を再び握りしめた。
そこからは猛攻が始まった。右から、左から、上からも、正面からも、あらゆる方向から凄まじいスピードで攻撃が繰り返された。目は開けることなく、感覚を集中させ、攻撃を防ぎ続ける。精神は、着実に擦り減っていく。
「防戦一方かぁ?どうすんだよ、お前。このままじゃあさ。勝ち筋ってもんが見えねえんじゃねえの!」
大きく振りかぶった一撃。なんとか受け切る。ルメスはその一撃を一区切りとしてまた定位置に戻った。左腕が痛む。腕が痺れて、思わず剣を落とした。
「おいおい、もう終わりか?」
ルメスが頭を掻く。
「黙りな。舌を噛むぞ」
俺は落とした剣を拾い上げ、ルメスの方に突き立てながらそう言った。
「強がりか?お前は減らず口が上手だ」
男が姿勢を低くする。また、あの猛攻を始める気だ。だが……もうそれも終わりだ。もうそろそろ。ここで、俺に勝機がやってくる。
——今!この瞬間だ。男が最も近づいたこの瞬間。一閃。勢いよく剣を横に振る。
「……あ゛?」
ルメスは、急激にスピードを落とし、距離を置いた。彼は頬を拭い、かっぴらいた目でこちらを見た。
「テメェ……。何しやがった」
彼の頬からは、一筋、血が流れ出ている。俺はニヤリと笑って、こう言ってやった。
「次の攻撃を耐えれたら、教えてやるよ」
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