片腕の盗賊

 「正直、もー充分なんだけど」

男はあくびをかきながらそう言った。小指で耳の穴を掻き、死体の上に片足を乗っけている。逆立った髪は乱れており、風貌も、とても整っているとはいえないくらい崩れていて、軽装だった。

「……あなた、名前はなんていうんです」

アドニスはかの惨状を前にしてもなお臆さず聞いた。彼の眼は、一点に留まっていた。俺の足は、震えていた。これは武者震いでもなんでも無く。間違いない恐怖だった。冒険者以前の、つまりは野生の勘がまごうことなき殺気を感じていた。

「あ?なんで名乗る必要があるわけよ」

首を傾げ、こちらを睨んだその目は、獲物を捉える鷹だ、目を合わせようものなら、今すぐにも貪られる。だが、両者は決して目を外すことはなかった。

「あなたは、たった今。一人の人間を殺しました。せっかく会話が可能な冒険者を見つけたのに、残念です。ですから、あなたに情報協力を頼もうかと——

「あーあーめんどくせえ!めんどくせえなあ全く。お前、俺の嫌いなかよ。ほんと、口だけ達者だよなあ……」

男は頭を掻いた。片手だけだ。短剣を持っている、死んだ冒険者の言う通り、もう片方の袖は、綺麗に垂れている。根元ごとなくなっている様だった。片腕の男は考え、そして妙案を思いついた様な不気味な笑顔をあげた。


 「ジョーホーキョーリョク?だっけか?分かった。良いぜ。お前ら、身包み全部ここに置けよ。そしたらそれをやってやる」

なるほど。男は盗賊らしかった。通りで、服も採寸が合わないのか。なんとなく統一感のない身にも合点がいった気がした。

「そうですか。でも、それは無理です。ここで野垂れ死ぬ訳にはいかないので」

「おい、アドニス。盗賊だ。人も殺してただろ。変につるむのはよしたほうがいいぞ」

あまりにも挑発的な言葉を綴るアドニスに近付き、耳打ちをする。しかし、それはことごとく遅かったようだ。


「あーわかんねえかなー。俺、そーゆーとこがキライなのよ」

 吹き抜ける風。男の姿が見えなくなる。まずい。剣を勢い良く引き抜く、が、間に合わない。


 「……あれ、そこの野暮ったい男狙ったはずだけど」

風が、勢い良く俺の身体にかかった。

「ぐ……ぅ……」

「アドニス!」

アドニスは、胴を押さえたまま体を折り曲げた。アドニスの手のひらには、赤い血が垂れていた。酷く咳き込み始める。倒れるアドニスに寄り添って、小声で話す。

「……大丈夫か」

「ええ、そこまで深くはないです。が、ここは倒れて致命傷を演じる方が得策です。この場は任せました」

存外、芝居を打つほどの余裕はありそうだ。

「ああ?くそ……。まだ死んでないんか。ま、いいや。次はお前だよ。お前も、身包み全部渡したら許してやるけど、どう?」

盗賊は不敵な笑みを浮かべている。これで男の視点は、俺に切り替わった。俺は黙って剣を構える。さあ、奴の攻撃を見るに、ここで攻撃を仕掛けたり、逃げるのは良くなさそうだ。さっきの死体に目が向く。きっと彼も、その成れの果てだろう。

「野暮ったくて悪かったな。悪いが、身包み剥がすのは諦めてくれ。なあ、話し合おう。次は俺たちの質問に答えてくれよ。その左腕は——」

その瞬間、姿が消えた。来る……!



 「——チッ、なかなかやる」

手にとてつもない痺れが残る。攻撃は左から。盾を構え、なんとか攻撃を防いだが、結局最大の策は防戦か。

「なあ、ごめんな、お前。野暮ったいっつったのは訂正するよ。お前、しぶとい奴だな。下手に耐えると、痛い目に遭うぜ?」

盗賊は、見せしめのように殺した男を蹴り飛ばす。死体は壁にぶつかり、ランタンが音を立てて壊れた。仄かに照らしていた火は、いつしか赤い炎として死体に燃え移る。

「そんな話す暇があるんなら、教えてくれたっていいだろ。お前の情報くらいさ」

俺がそう言うと、盗賊は少し考え、またニヤリと笑う。そして、

「……おー、仕方ねえな、良いぜぇ。ま、次の攻撃に耐えれたらなぁ!」

盗賊は姿勢を低くした。攻撃の開始合図だ。


 

 ——勢いよく吹く風。姿が見えなくなる。攻撃自体は防げない訳ではない。それが右か左か。それだけだ。逆にそれだけが分かれば、対策がつく訳だ。剣を鞘に収める。


 俺は、静かに目を閉じた。





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