代償
「そう言えば、光の球についての説明がすんでませんでしたね」
歩みの遅い俺を気にせず、アドニスは早いペースで説明を始めた。
「何か分かってるのか?」
「ええ、勿論、その研究自体は長いことやってるんです」
「——あの光の球、私達は『オーブ』と呼んでいますが、あれについては、幾つかの性質が確認されています。まず一つは、自動的に生命体へ吸収されたがると言う点。触れることは出来ず、布、鉄さえも通り抜け、体表に触れると吸収されます」
確かに、そのオーブとやらは、普段俺が見ている物と同じようだった。
「ああ、確かにそんな物をことごとく見るな。ところでそのオーブとやらは、何故か自然と取ってみたくならないか?」
「ええ、そんな証言も聞いています」
「ってことはそれがもう一つの性質なんだ。人を魅了させる性質。そうだろう」
「いえ、違います」
一切の余念もなく俺の仮説はバッサリ捨てられてしまった。
「なんだよ。少しは分かると思ったんだが」
彼は笑って訂正した。
「あくまで能力に達するか分からないということです。生憎研究者とやらは頭が固いんで」
「そうかい。じゃあ俺の仮説がいつかあっていることを切に願っとくよ。……それで?もう一つの能力はなんなんだ?」
「ええ、もう一つ。最大の特徴は、吸収した人間の身体能力、再生能力の向上、もしくは低下です」
沈黙の間を、唸る風が掻き消した。
「……?どう言う意味だ?」
「要は、力が強くなったりもするし、弱くなったりもする。怪我が治ったりもするけど、怪我したりもする。そういうことです」
「うん。いや、その言葉自体の意味を問うている訳ではないんだ。そもそもなんでそんな向上と低下の線引きが曖昧なんだよ」
「そうは言われても、本当のことなんです。私の元に来た例で言うと、目がやたらと良い冒険者は、声が出せなくなっていました。脚力が異常に高い冒険者は、左足の機能が消失していました」
「機能が消失?」
「はい、力は入りませんし、触っても、殴っても、切ってもなんの感覚もないというんです。不思議な事に、血の一滴すら出ない」
「へえ……」
「そしてそれの線引き、どこの機能が棄却され、どこの機能が向上するか。当然その治し方も。私たちにはまだ解明できません。ただ能力の向上以前に、大きな外的損傷がある場合のみ、そこの部位の治癒が優先される。と言うことが分かっています」
そっけない返事の裏には、未だその事実が信じられない自分が居た。恐ろしい話だ。今も含めこの体から気付けば何かが欠損している。仮に傷が癒えたとして、いつか急に目が見えなくなるか。足が動かなくなるか。それはあくまで代償。失えばもう戻らないのだ。考えただけで、体の節々が急に熱くなった。
「じゃあ俺たちも、もしかしたらそうなるっていうことか?」
「もしかしたらではなく確実でしょう。しかし、あなたも、私も、そこまで何か欠損しているとは思えません……が?」
アドニスはやや不安そうな顔をしてこちらを伺う。今、現状として自身の体は確認のしようがないのである。それは同様に俺も、だ。
「ああ、間違いなく君は立派な人型だ。どこも欠損なんてしていない」
「ああ、よかった。勿論あなたも、何も異常はなさそうです。それも私の脳に異常がなければの話ですが」
「……怖い事言うなよ」
アドニスは高笑いを浮かべ、鬱蒼とした暗闇に駆け込んでいった。
「まあ、それを知ったところで、今更オーブを摂取するのは辞めませんがね」
アドニスはそう言い、両手を広げた。暗闇の中で一つ、橙色の火が灯っている。俺も彼に続きながらゆっくり歩き始めた。自身の選択が正しいかも、分からないまま。俺はふと、彼に問いかけた。
「何故そこまでリスクを取る?」
「研究者ですから」
……ただ間違いなく言えるのは、彼が正気の人間ではないということだ。
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