未知数

 道を歩く。そこには二つの光が灯っていた。

 ——……ええ、そうなんです。僕もね、最近なったばかりで」

「へえ、そうなのか。まだ新しい冒険者なんているもんなんだな」

「それはハリスさんも例外じゃないでしょう?」

「はは、そうだった」

あっけらかんとした話し声が辺りに響いた。会話は歩みの如く、途切れることはなかった。彼の名はアドニスというらしい。カイル・アドニス。茶髪の髪に、細長い整った顔をしている。飄々とした体で、とても冒険者とは思えない体つきだ。

「しかし、なんです。冒険者とは言っても、それは名ばかりのような気さえしますが」

俺は、それが何の意味をなすか、直ぐに理解出来た。

「ああ、全くもってその通りだな。どこまで深く潜ったって、あるのは死骸だけさ」

そう言って俺は地面を蹴り上げる。砂塵と共に、一本の謎の骨が宙に舞って、ポトリと地面に落ちた。

「……しかし真剣な話、一体なんだってこんな状況になっていると思う?」

俺がそう言うと、彼の目が鋭く光る。

「あくまで予測ですが……、人の手が及び過ぎたのだと思います。冒険者が増え過ぎた。ダンジョンというのは一種の生態系のようなものですからね」

「なるほど、もう資源が底を尽きたってことか」

「まあ端的に言えば。もっと奧深くに行けば、もしかしたらと言うこともあるかもしれませんが……」

「そんな奥深くにいる魔物、怖くてとても手が出せんね」

アドニスは苦い笑顔のまま、黙って頷いた。それは冒険者だって減ってしまうだろう。ともなれば、一部の手練れしか稼ぎは得られないというのか。途端にバカバカしくなるな。もっとも、今の自分には到底関係のないことだが……。後ろめたく、足音が響いた。


 ——やはり、いくら明るく振る舞っても、結局俺はアドニスという男を信じられずにいた。それは俺が自分を信じていないように、彼も信じれなかった。なんというか、お互いに不干渉気味と言うか、なんとなく、彼にも裏がありそうだった。つまり同じ感じがした。普段は笑顔を絶やさず明るく話して、その実、裏では罪の意識に絆されている。現実を忘れたい。そんな心の内の声が、共鳴している気がした。そういう意味では親しみを感じた。


 「……そう言えば、ですが。」

ある程度まで続いた会話の終わりを紡ぐように、彼は静かに切り出した。

「シャンヌ・ハリス。あなたは、知っていますか?あの光の球を」

唐突に、現実に引き戻された気がした。

「え……」

「いや、知っているでしょう。ここまで深くに来たあなたなら必ず知っている筈だ」

アドニスの目が鋭く刺さる。俺は多少気圧されながらも答えた。

「……ああ、知っている。知っているが、存在だけだ。なんなのかは、わからないよ」

「やはりそうですか。……では質問を変えましょう」


 「あなたは、この道ゆく途中、奇妙な冒険者に会いませんでしたか?」


 身体中が震えた。空気は急に蒸し暑く感じられ、急に息苦しくなった。心拍数が上がる。アドニスは、真っ直ぐ俺を見つめていた。あの光景が、フラッシュバックする。冷や汗が背中の方からふつふつと湧き出てきた。

「あ……あ…ある。あるよ。確かに遭った」

掠れるような声で、なんとか絞り出した。彼は依然として冷静に見えた。

「それも、やはり。思った通りです」

俺は今から、罰せられるのだ。何故かそう思った。彼は何者だ。何を知っている。怖い。恐れるほかなかった。急に、彼の目が変わった気がした。私達は、何も分かり合っていなかった。未だ、依然として、この男は未知数だ。目の前の男は不敵な笑みを浮かべた。




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