堕ちる
暗くあてもない道をひたすら降っていく。日を何度も跨ぎ、深くなれば深くなるほど、空気は更に不気味になっていった。今の深さは大体中層部に入ったぐらいだろうか。本来であれば多種多様な魔物が生息していると聞いていたが、相変わらず何故か魔物は出現しない。とうとう少なくなったというよりも、生物がいるという気すらしなくなった。異常な程静かで、それでいて凶悪な何か蠢く感じもする。その嫌な感覚が、更に不気味だ。
でも、今更冒険者としての務めを果たす気はなかった。あてのない旅。例えるならそういうことになるけど、そんな呑気さはここにはなかった。ただ死にたくないから、落ちていくだけ。結局魔物がいないのであれば、俺はどうにもできない。だから個人的には好都合とも言えた。だが、ライザには合わす顔もない。
さっきから、明確に前に進んでいるけど、思考は常に後ろを向いていた。
行動が遅かった。全てが及んでなかった。異変を感じたあの時。準備不足を痛感したあの時。異常な冒険者に襲われたあの時に戻っておけば、こんなことにはならなかったのか……と。
すると同時に、怠惰な感情も湧き出てきた。
もう戻ることもできない。今、戻れたとしても、どうせ戻れない。きっと彼女にも、もう二度と会うことはない、と。
奥底から風が唸る。闇が自身を包み込み、孤独を生み出した。闇の中ただ灯るのは、胸元のランタンのみだった。
当然だが、ここ最近では冒険者にも一切会っていない。唯一まともな冒険者といえば、しばらく前に助けになった男、シエルジャだ。彼は人ができていた。今どうしているのだろう。無事家族の元へ帰れただろうか。それとも既にここへ帰ってきてるだろうか。歩く音がひたすら反響する。今思えば、彼はあんな大量の収集物をどうやって集めたのだろう。今こんなに奥深くにいても、魔物の類には一切遭遇しないというのに……いや、これは俺が臆病になってしまったからか。
あの時から、遠くから物音がしたり、何かの気配を察知しても、俺はそれを追求することが出来なくなっていた。それが冒険者であろうとも、魔物であろうとも関係ない。物音を聞いたら、あの冒険者の顔が脳裏にチラつく。虚な目をして、体が崩れていく様が嫌でも頭に残る。
俺が殺した冒険者だ。
思い出すたび、自分を必死に正当化しようとする。あれは異常だと。自分は悪くないと。その度に、自分が怖かった。自分ももしかしたら、ああなるのかと思うと、自然と足が震える。逃げ出してしまう。だから何も触れたくないし、関わりたくなかった。そうしていたら、自我が保たれると思っていた。それでも結局、今孤独に蝕まれようとしている自分がいた。なんとも醜くて、浅ましい自分がいた。
進んでいると、ダンジョン内の気温が上がった。今までヒヤリとしていた空気は、徐々にむわっとした熱のこもった空気へと変わっていくのに気付いた。決して心地よいものではなくて、むしろ気持ち悪くなるような、蒸し暑い感じがした。不穏な風の動き、緊張感が増した。音は相変わらず反響し続ける。次第に、その道の奥深くには、蠢きの正体が隠されているのではないか。そう思うようになった。一歩、一歩、と踏み込む。そうして道を——。
「あの」
体が激しく震えた。震える体で後ろを向く。
「すいません。驚かせちゃいました?」
そこには頭をかきながら、やや浮ついた顔を浮かべた一人の青年がこちらを見ていた。
「えっと、あなた、僕と同じ、冒険者ですよね?……良かった!ずっと一人で、どうしようかと思ってたんです」
目を細めて笑う彼を見て、俺は緊張が少しほぐれた気がした。
「ああ、そうか。お、俺もそうだよ。ずっと一人だったからさ」
初対面だけど、なんとなく会話が弾む。久しく人と話してなかったから、この感覚が懐かしく覚えてくる。
けど、俺の胸の中には、少しの突っかかりがあった。それは、彼が正常か、異常か。まだ分からないのだ。握った剣の柄は、まだ少し冷たかった。
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