活路

 その後、気づけば逃げるようにして走っていた。そこに当然理性はなかった。頭がズキズキと痛んだけど、あの時立ち止まったら、得も言えぬ自責で自ら命を絶っていたような気がした。どうやらこの後に及んでまだ生きたいらしい。勢いのついた足はどこまでも駆けていきそうで、でも、間違いなく重かった。徐々に速度は落ち、膝を擦りながらその勢いのまま崩れ落ちる。闇に慣れてしまった目には、血で染まった手が鮮明に見えるのだ。


 震える視界のまま、鼓動と共に思考は早まっていく。これから俺は、何をするべきだ?犯罪行為、あそこに目撃者はいたか?あの死体の処理。傷口から死因は分かるのか?分かるなら今すぐ隠蔽でもしなければ……。……


 ——そこで今自分は、気付いた。そして初めて自分に恐れた。もう、自分に罪悪感なんてものはとうに残っていないということを。隠蔽だとか、目撃者だとか、自衛のため、逃げることしか脳は考えてなかった。それに気付いてしまった自分が嫌で心臓が張り裂けそうだった。仮にこの事件がただの悲しい事故になったとして、俺は、その後自我を保っていられるか?彼女に、ライザに合わす顔はあるのか?考えれば考えるほど、自身の思考が信じられなくなった。

 実際俺はどうしようもなかった。事象は全て過去という激流に流された。取りに戻ることなんて、出来やしないのだ。こんな嫌な記憶、消してしまえればどれほどいいだろう。……いや、結局事実は変わらない。けど、下らなくて、余りにも愚かな願いに縋ってしまいたいほどなんだ。今は。今だけは……。


 ……どれほどの時間が過ぎたのだろう。空腹で目を開けた。生きている。焚き火も焚かず、体も血まみれのまま寝ていたらしい。何故生きているのだろう。このまま死んでしまえば、いっそ楽だっただろうに。悪運というやつだろうか。ふらつきながら、袋に入った固形食を取り出す。

「……」

しばらくぼーっとそれを眺めて、そして気づけば、俺はそれに躊躇なくかぶりついていた。相変わらず美味しくなくて、口の中がパサつく。でも、生きてると思った。今までのどんな場面よりも一層、今の瞬間に生を実感していた。この丸い固形食が、あたかも命そのもののような気すらした。気付けば頬に、一筋の涙が静かに伝っていた。


 食い終わった後はふらふらと彷徨うように歩くことにした。戻ることはしなかった。幾らなんでも、戻ることは出来ない。

 まるで現実から目を逸らすように俺は、深く、深く潜って行く。肩を降ろして、首を下げたこの姿は、とてもかの勇敢な冒険者とは思われないだろう。恥ずかしくって、情けない。でも、俺はこのまま落ちていくしかない。なぜならこのまま逃げ続けることだけが、俺に許された唯一の活路だからだ。

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