一人の冒険者
俺を見下す男は、巨大な斧を持っていた。首元まで伸びたボサボサの髪に、立派な無精髭。にやけた目の下には隈が出来ている。図体はその巨大な斧にふさわしい程の巨体で、かなりの手練れだと見て直ぐわかった。今の状況から察するに、どうやら、俺を助けてくれたらしい。感謝を述べようとすると、男はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んだ。
「お前、冒険者なりたてか?」
男はニヤついた顔でそう言った。
「ああ……。そうだが……。それがどうしたって言うんだ」
強気に返すが、相手は少しも顔を変えない。
「名前は?」
「……シャンヌ・ハリス」
「俺の名前はシエルジャ。ランダ・シエルジャだ。いや、何。自己紹介は必要だと思ってな」
平然を装うとしても、どうしてもその威圧感のある顔を見ると怖気付く。萎縮した顔で頷くと、男はふっと鼻で笑い、立ち上がった。
「で、いいか、ここから更に深く進むのであれば、一つお前に忠告してやる。お前、そのままだと死ぬぞ」
軽々しく放たれた「死」と言う言葉が、宙吊りになっている気がした。最も身近と思っていたが、改めて聞くと入れたくないのだ。
「逆にそんな用意不足でよくここまで来たもんだ。それに、見たところ一人だろう?」
黙って頷く。
「そりゃ危ないぜ。大抵初心者は仲間の一人や二人……いや、最近は冒険者になる奴もいねえか……。ってことは仲間探すのも一苦労かよ。大変だな、ええ?」
そんなことを言う割に、彼は一人のように見える。だが、やや調子の外れた彼に、会話はあまり通じなさそうだ。けど、彼の言っている事は、否定のしようもないほど正論だ。確かに準備不足な点もあるし、経験不足な俺一人で旅をするというのも、当然だが危険である。俺は改めて自身の愚かさを思い知った。
「……まあ、分かるぜ。言いたい事は」
完全に萎縮し切った俺の姿を見て、シエルジャの口調が少し柔らかくなる。
「どうせお前、貧乏なんだろ。だから、稼ぎたくて冒険者になって、いつか家族に楽な生活をさしてやりたいんだろ。俺もそうさ。見てくれ、妻と子供がいるんだ」
胸にかけたロケットには、男の家族の写真が入っていた。皆幸せそうな笑顔を浮かべている。
「幸せそうだろう?この笑顔。俺はこの笑顔を絶やさないために冒険者をやってるのさ、まあ、今は帰る途中だけどな。とっとと外出て、採取品全部売っ払って、家族に渡して、そんでまた直ぐここに戻ってくる。それの繰り返しだよ」
男は哀愁を漂わせる言い方でそう言い放った。でも、彼の顔には一点の曇りもなかった。シエルジャは純粋な気持ちで、冒険者をやっているのだろう。そこに憂いはない。彼は立派だ。俺なんかよりも、ずっと。
「ああ、そうそう。結局お前、ここから先進むんだったら、少なくとも剣の一本だけで生き延びようだなんて無茶な話だぜ。仕方ねえから俺の盾をくれてやる。丁度買い替える頃だったからな。ぼろっちいけど、ま、ないよりマシだ」
男は乱雑に盾を俺の前に投げ捨てた。盾には無数もの傷がついている。
「ありがとう。助かった……」
そう言うと男は手を振り、そんな大した事じゃないと笑って言った。
男はそして別れ際に、
「頑張れよ。また会えることを願ってるよ。当然どちらも生きた状態でな」
と言い残し去っていった。
つくづくあの男に命を拾われたと思う。彼はぶっきらぼうで、暴君のような男だったが、垣間見える優しさは、間違いなく本物だった。何故なら、盾の下に置いてあったのは、一つの空袋だ。男に何もかも見通されている気がして、出たのは感嘆のため息のみだった。
彼から貰った盾をつけ、準備を整える。ここから先は辛い道のりになりそうだが、自分はそこで負けてはいられない。もっと強くなって、十分に稼げるようにならなくては。そして、いつか帰って、また彼女の顔を見るんだ。そういう決意を胸に込めて、俺は一歩づつ、歩き出した。
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