不条理な闘い

 目が覚めた。意識が飛ぶような形で寝てしまったらしい。目の前の焚き火は、未だパチパチと小さな火を立てている。荒ぶっていた心も、多少は情緒を取り戻してきた。心を切り替えよう。いつまでもうじうじするのは、俺に合わない。彼女の顔を思い浮かべる。その清廉とした声から、短くも艶のある髪。それでなんとか、今日という日を生きていける。……よし、大丈夫だ。俺は身支度を整えた。


 暗い道中を闊歩する。この空間にも、だいぶ慣れた気がする。そう思うのは、少し気が早いだろうか。まだ探索に難航する場面もあるが、ここらの魔物は大分パターンが読めてきた。まあこんな浅いところでは、群れからはぐれた魔物しか現れないし、それも当然か。

 と、そんなところに、また見覚えのある魔物の目が光った。あの目の形は多分ネガルだろう。

 しかし、注意するべきところはそこではなかった。暗闇に光る目は四つ。つまり二体いるのだ。二体はまずい。単純に数でも不利だが、更に相手に連携でも取られたら、なす術がないからだ。ここは逃げるべきか、いや、奴らの足は俺よりも速い。すでに狙いの定まったところから逃げる事は不可能だ。では、道は一つしか無い。

 闘ってやる。俺は、剣を勢いよく抜き出し、その剣先を暗闇に向けた。二つの影が左右へ飛び出す。……さあ、どうしようか。


 まず先に仕掛けてきたのは右の方からだった。単純な飛びかかりだが、もう一体の事を考えるとどうしても判断が鈍る。ひとまず距離を置いて避けよう。俺は咄嗟に飛びかかりを避け、そしてもう一体の攻撃に備えようとする。が、さっきの攻撃は避けずに、剣の一振りでもしていれば良かったようだ。思っていた以上に次の攻撃が早い。これはつまり、二体の攻撃を同時に食らってしまうということなる。それは何とか避けたい。どうするか、そんなことは、考える暇もなかった。

「ぐっ……ッ」

剣を盾にし、何とか左の方の攻撃は防いだが、右の方の攻撃をもろに食らう。服と、胸にかけていた袋が破れ、爪が脇腹に食い込んだ。鋭い痛みがじわあと広がって、それと同時に血も出ていることが分かった。正直絶望的だ。再び、今度は二体が同時に襲いかかる。俺は早くも諦めの境地にいた。俺の人生早いものだったと、瞬間的に体を横に逸らし、目を瞑って悔いを残す……、いや、何かがおかしい。襲ってきたはずのネクター達は、どういうわけか身体を炎で包まれていたのだ。

 なぜだ。下に落ちている物を見つけハッとした。火打ち石だ。爪と遠心力で飛ばされた火打ち石がたまたまぶつかり、それが引火したというのか。そんな偶然がよく出来た物だ。我ながら感心するが、冷静に考えてあのまま直撃していたら火打ち石の引火で燃えていたのは自分だ。火打ち石の保管というのも、なかなか考えどころだ。

 しばらく二体の生物は体をくねらせ、とうとう一体は動かなくなってしまった。もう一体の方も満身創痍だ。仲間の死体を見て、一目散に暗闇へと逃げていった。


 ……今回、なんとかいったのはいいものの、袋は破けるし、それにこんな焦げてしまった毛皮は商品にならない。仕方なく、牙や肉などの被害が少ない部分をとった。カラカラっと軽い音を立てて光の球が地面に転がる。最初は怪しんでいたが、自然と自ら取るようになっていった。やはり美しさというのが重要な点なのだろう。なんとなく、取らないと勿体無いように思えて仕方がないのだ。

 

 俺は、この場でまだすることがあった。それは、傷の治療と袋の修理だ。さっきの引火で包帯も燃えたかと思ったが、無事そうだ。しっかり綺麗な布で血を拭き取り、包帯を腹に巻く。雑だが、この場で出来る応急処置はこのくらいだ。それよりも袋の修理が重要だろう。とったものが全て落ちてしまっては困る。しかし、更に困っているのは、変えの布が無いことと、縫うための糸すらもないのだ。

「はあ……」

袋ので修理はほぼ諦めていた。なんだか、どっと疲れたな。そう思い、そこら中に散らばった採取品を集めていると、すぐ後ろで鈍い音と悲痛な魔物の叫び声が聞こえた。なんだと飛び上がり、慌てて振り返ると、そこにはネガルの死体と、一人の男が立っていた。

「危なかったな。兄ちゃん。俺がいなけりゃ、お前今頃死んでたぜ」

男はそう言うと、ニッと俺に笑いかけた。

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