光か、闇か

 「なんだこれ……」

思わず口を突いて出た。ぼんやりと暗闇を照らすそれは、とても幻想的で、目を離せなかった。青白い様にも見えるし、角度によっては黄色に見える物もあった。それは魔物の死体を取り囲む様に、美しく彩られていた。

 ……あんなに美しいのであれば、さぞ高値が付くだろう。ふとそう思った。しゃがみ込み、震えた手でその光る球に触れようとすると、その小さな球は、まるで誘い込まれるかの様に手の中に溶け込んでいった。俺は驚いて、手を引き、そのまま後ろに仰け反った。焦りながら自分の手を覗き込むが、傷は一つもついていない。しかし、あの小さな光の球は、間違いなく俺の体に入っていった。嫌にうるさく脈打つ血管が、俺にそう語りかけているのだ。

 その後、その球の入手を試みるが、どうやらそれは出来ないみたいだった。布はすり抜けるし、体のどこかに当たれば、そこからまた吸収されてしまう。仕方ない。あれやこれやとやっている間に、死体を狙った魔物が来るかもしれないし、ここに長居するのも危険な様だ。取り敢えず心を切り替え、再び探索に出かけるとしよう。

 

 道中、冒険者は常に辺りを注意して見なければならない。それは魔物の襲来に備えてでもあるが、とにかく金になる物を見つけるためでもある。一般人の探索が禁止となってから、鉱石などの地下資源は高騰した。今、指輪とか、ネックレスとかに付ける宝石なんかは、基本的に冒険者経由のものがほとんどだ。当然希少な物なので高値で取引できる。しかし、鉱石や宝石の原石の見分けはかなりの知識が必要となる。少しでも怪しく光るものがあれば直ぐに確かめる程の気概がないと、地下資源で一儲けという希望は難しいだろう。

 しかし、それでも、冒険者にとって必ず採っておかなくてはならない鉱石がある。それが、今俺の目の前にある火打ち石である。これと金属を打ち合わせると火花が出て、火の元になる。つまり、明かりの代わりになるし、その火で暖を取ると言うことも可能だ。

 魔物を寄り付かせないこともできるため、火打ち石の採掘は必須である。耐久性も低いので、かなりの消耗品となる。そう、俺は、この危険なダンジョンで一夜を過ごさなくてはならないのだ。それには安全のため、焚き火ぐらいは用意しとかないと危ない。俺は手際よく、かつ慎重に鉱石を掘り出す。持ち合わせてある専用の金属とそれを試しに打ち合わせて見る。カッと言う鋭い音と共に火花が飛び散った。火打ち石で間違い無いだろう。

 良かった。これで安全な睡眠をとることが出来る。

 俺は早速寝るにふさわしい場所を探す。少し進んだ先に、行き止まりの細い通路を見つけた。天井も高いから、ここが一番安全そうだ。通路を奥まで進み、入口を塞ぐ様にして焚き火を起こす。焚き火とは言っても、まともな木はほぼここには無いため、道中狩った魔物の死骸とか、自生している草とかを燃料に使う。正直あまり良い火の元とは言えないが、これもどうしようもないことだ。夕食として丸くて、黒ずんだ団子のような物、いわゆる固形食と呼ばれるものを齧る。お世辞にも良い味とは言えない。水で無理やり流し込む。


 ……飲み込んで、肩を落として、ため息をついた。その流れのまま焚き火をぼーっと眺める。すると心が安らぐような、失うような感覚に陥る。

「ライザ……」

なんて事を意味なく口走ってみても、何も、起きない。何も……何も。あらゆる気力は淘汰され、その隙間から染み出す虚無感や、やるせなさは、俺を蝕むように覆っていった。どうにもやる気が出ない。そんな考えを抱くようになった。

 うねる火と、俺の心は、どこまでも対極的だった。躍動的で、燃え盛る。目の前の火。虚しくて、何もない。そんな心。

 ここは、空虚が支配していた。


 ふと思う。ここから先の道は、光か、闇か。……いや、きっと光だろう。それは、あの青白く、幻想的な光が、俺の血に塗れた旅路を、さぞ美しく彩ってくれるだろうと、そう信じているからだ。

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