第15話 非日常の始まり 15

 姫川結衣ひめかわゆいに連れてこられたとある一室。その一室のデスクの上には、缶ビールの空が幾つも置いてある。そして椅子の方には、1人の男がいびきをかいて寝ている。


(……なんだこの人は……)


 坂下航さかしたわたるは、椅子で寝ている男を見て困惑する。隣にいる結衣を見てみると、彼女は寝ている男を無言で見ている…………いや、にらみつけているように見える。

 男は、見た感じでは30代後半ぐらいだろうか。ボサボサの髪に少し伸びている髭、着ている服は黒の軍服だが、ちゃんと着ていないのか前の部分が開いている状態で何処か少しだらしない印象を浮かべてしまう。

 ただ結衣は、この部屋はこの場所で1番偉い人がいる部屋だと言っていた。そうなると……


(もしかしてこの人がその1番偉いって人なのか?)


 そう思っていると、結衣がデスクの方へ近づいていく。航もデスクの方へいくと、アルコールの匂いだろうか、独特の匂いがしてきた。


「支部長、起きて。坂下君、連れて来たんだけど」


 結衣は男に向かってそう言うが、男は相変わらず寝ている。


「ちょっと、起きてよ支部長」


 しかし、男は寝ている。起きる気配はないように見えるが……


「……ねぇ、いい加減起きてくれない?」


 結衣の声に苛立ちが入っている……。取り敢えず目の前の男は早く起きた方がいいんじゃないだろうか。航がそう思っていると……


「……坂下君、悪いけどちょっと下がっててくれる?」

「え?あぁ……うん……」


 結衣に言われて航は後ろに下がって距離を取る。

 すると結衣に右手に光る粒子のようなものが集まっていく。それらは形を作っていき、次の瞬間には結衣の右手に一本の日本刀が握られていた。


(い、今のって……!)


 目の前で起きたことに航は昨日の事を思い出していた。

 昨日の夜、公園で航を襲ってきた男と結衣が戦っていた時、結衣は同じような事をしていたからだ。ただあの時は、日本刀ではなくナイフをだったが。

 そう思っていると結衣が日本刀を持って構えている。明らかに攻撃をするような構えだ。


「姫川?あの……何を……」


 航は結衣に向かって聞く。攻撃の態勢を執っている彼女の目の前には先程から全く起きる気配のない男がいる。


(え?……なんか嫌な予感がするんだが……)


 そう思っていると結衣は、ふぅ……っと息を吐いて……


「さっさと……!」


 起きろと結衣が言おうとした時。


「……んん?…………ふがっ!?」


 目の前の男が目を覚ましたのだ。

 男は椅子に座り直して、大きな欠伸をして眠たそうに瞼を擦る。そして数秒ほど経ってからこちらを見てきた。


「ん?あぁ、姫ちゃん!お帰りお帰りっ!」

「……ただいま」


 男は結衣を見ると笑顔を向けてそう言ってきた。酔っていて気分が高揚しているのか、テンションが高い。そしてそんな男を見て結衣は、若干呆れて態勢を戻しながらそう言った。


「ていうか姫ちゃん、何で刀持ってんの?」


 男が結衣に向かってそう言ってくる。すると結衣は、あぁこれ?と言って、


「勤務時間なのに、お酒飲んで酔いつぶれて寝てる奴がいたから、起こしてあげようと思って」


 結衣は男を見ながらそう言う。すると男は、はっはっはと笑いながら……


「なんだぁそうだったの?でも、起こしてくれるんならもうちょっと優しい感じにしてくれたら、おじさん嬉しいかな?はっはっは!」

「まだ寝てるの?ちゃんと起こさなきゃね」

「じょ、冗談、冗談だよ!。もう、姫ちゃんは怖いなぁ~。取り敢えず手に持ってる刀しまって……ね?」

「はぁ……まったく……」


 結衣がそう言うと彼女が右手に持っている日本刀が光りだして、霧散するような感じで消えてしまった。


「こんなに空の缶があるし……飲みすぎだよ」

「でもさぁ、昨日の任務の件で昨日の夜からおじさんずっと仕事しっぱなしだったのよ。だからちょっと息抜きもかねて1本飲んで気分を高めようと思ったら、ちょっと飲みすぎてちょっと高まりすぎちゃったね~」

「そして眠たくなって寝ちゃった……って事?」

「そう、その通り!大正解だよ姫ちゃん!」


 男は結衣にテンション高めにそう言ってきた。何というか、反省の色が見られない。


「ちょっとじゃないでしょ?それに仕事が忙しくなったのは、昨日の任務で勝手に内容を変更して本部に怒られたからでしょ?」

「はっはっはっ!まぁ、確かにそうなんだけどね~」


 男は笑いながらそう言った。

 そんな男を見ながら航は、この人は何なんだと思ってしまう。

 見た限りでは酔っぱらいの男に見えるだけで、偉いようにはあまり見えない。航がそんなことを思っていると、男は今度は航の方を見てきた。男は航を、じっと見た後に結衣の方を向いて……


「姫ちゃん、誰?この子?」


 と言ってくる。すると結衣は、ため息をつきながら……


「あのさぁ、そっちが連れてきてって言ってたんだけど」


 と言い返した。男は、う~んと腕を組みながら言っている。


「あれ?おじさんそんなこと言ったっけ……」

「言ってたよ。飲みすぎてその事も忘れたの?」


 結衣にそう言われて男は、う~んと再び言いながら思いだそうとしている。そして10秒ぐらい経って、あっ!と男は言った。


「あぁそうだ!そうだったね!昨日、姫ちゃんにちょっと連れてきてッて言ったんだったね!いやぁ、ごめんごめん、忘れてたよ!」

「まったく……」


 はっはっはと言いながら謝る男に、結衣は呆れていた。そして男は再び航の方を向いてきた。


「ごめんねぇ!おじさんちょっとお酒飲みすぎちゃって忘れてたよぉ!」

「そ、そうですか……あはは……」


 男の言葉に航は苦笑いをしながら言う。酒臭いなぁ……と思っていると男は……


「いつまでも立ってるの辛いでしょ?ほら、そっちに座って座って」


 男が指さした方を見ると、大きめのソファが1つとその半分の大きさのソファが2つあり、向かい合うように置かれている。そしてその間にテーブルが1つある。見た所、応接をする為の場所みたいだ。

 航と結衣は2つあるソファにそれぞれ座り、その向かいの大きなソファに男がドサッと音を立てながら座る。そしてテーブルにはタブレットが1つ置かれた。


「いやぁ、学校の帰りに来てもらってごめんねぇ。もしかしてなんか用事とかあった?」

「あっ!いや、別に用事とかはなかったです」

「あぁそうなんだ。そりゃよかった」

「……まぁ、ちょっと……いや、結構歩きましたけど……」

「ん?結構歩いた?」

「それは後で言うから」


 結衣がそう言うと男は、そう?と言う。すると男は何かに気付いたように……


「そういえばおじさん、君に名前言ってなかったね?」

「そ、そうですね……」

「ごめんごめん!忘れてたよぉ!大切な事なのにねぇ!はっはっは!」

「はっはっは……」


 男の笑いに航は苦笑いをする。酔っているからとは言え、ここまでテンションが高いと相手しづらい……。


「おじさんは、寺島てらしまっていうんだ。よろしくねぇ!」


 はっはっはと笑って男、寺島は航に向けてそう言ってきた。


「ど、どうも……。えっと、俺は……」

坂下航さかしたわたるくん……だろ?」

「……えっ?……」


 その瞬間、目の前の男の浮かべている笑みが、どこか恐ろしいものに航は一瞬感じてしまった。























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