第14話 非日常の始まり 14

 長時間の徒歩による移動の後、今度は車による移動をすることになった。

 車の後部座席の方に、坂下航さかしたわたる姫川結衣ひめかわゆいの2人が乗っていて、運転席の方には女性がいて車を運転している。運転をしている女性は、黒色を主体とした軍服を着ている。昨日の夜、航が公園で会った人達の仲間なのだろう。

 車は現在、目的の場所へ向かって藍王市らんおうしの道を走っている。


(……正確には、歩いてきた道を戻ってるんだけどな)


 そもそも長時間歩いていた理由は、学校を出た時に航達の後を数人の生徒が付けてきたのが原因だった。

 結衣が言うには、今から行く場所を他の人に知られるの訳にはいかないので、彼らを諦めさせる為に別の道を歩いてわざと時間を掛けていたのだが、思ってたよりも彼らがしつこかったので長時間を歩くことになってしまったらしい。


(もしかして、歩いてる時にスマホいじってたけど、その時に車を呼んでたのか……?)


 航は歩くのに疲れていたので、いつ着くのだろうとしか思っていなかったが、結衣はちゃんと周りを見ていたのだろう。そして後をつけてくる生徒が諦めない為、車を手配した……と言った所だろうか。

 航は隣を見るとそこには結衣がいて、スマホで音楽を聴いているのか耳にイヤホンを付けている。すると結衣がこっちに気付いたのか……


「どうしたの?」


 と言って、イヤホンを片方外して航の方を見てくる。


「あぁ、えぇっと……すまん……なんでもない……」


 航はそう言って、何故か結衣に謝る。結衣は?という顔になっていたが、窓の外を見て……


「そろそろ着くよ」


 と言ってイヤホンを片付ける。航が窓の外を見るとよく知っている街並みが見えている。そしてさらに数分程経つと、大きな建物が見えてくる。


 建物は昨日、学校の帰りに航が遊びに行った複合施設よりも大きく、建物の前には広めの駐車場があり、何台かの車が駐車している。

 ただ航達の乗っている車は、建物の裏の方へ向かって行く。裏の方には、表とは別の入り口があるらしく、車はその入り口の扉の前で停車した。


「降りるよ、坂下君」

「あ、あぁ……」


 結衣がそう言って先に降りて、その後に航が車を降りる。

 その後車は動き出して、近くにある大きな倉庫のような場所に入っていった。あの場所が車を入れておく為の車庫なのだろうか。

 だが今はそれよりも……


(ここが姫川の言ってた場所……か)


 場所を知られたくないと言っていたから、どんな場所なのだろうとは思っていたが、そこまで変わった場所……という訳でもなかった。


「姫川の言ってた、っていうのは、ここなんだよな」

「うん、ここだよ。それで今から、坂下君をの所へ連れていくから」


 姫川はそう言ってくる。が今度はに変わった。


「姫川、ある人っていうのは一体誰なんだ?」


 航が結衣にそう言うと、結衣はえぇっとね……といった後に……


「ここで1番偉い人……かな?」


 何故か疑問形になりながら結衣は航に言ってきた。ここで1番偉いとなると社長とかそう言った人だろうか。


「それじゃ案内するからついて来て」

「わかった」


 結衣が入り口の近くへ行くと、自動ドアが開く。結衣はそのまま入っていき、航の後に続くように入っていった。




 建物の中に入ると航は少し緊張してきた。普段入りなれている場所なら別にそんなことはないが、今いる場所は初めて来た場所で初めて入った場所だ。


(それに……)


 航は前を歩いている結衣について行っているのだが、その際にこの場所で働いているであろう人達とすれ違ってその度に不思議そうにこっちを見てくるのだ。

 制服姿の学生がこんな場所を歩いていたら、見られても仕方ないのかもしれないが、それが結構きつい。


「姫川、周りにいる人達からめっちゃ見られてるんだけど、大丈夫なのか……?」

「大丈夫だよ、許可はもらってるから。それに……」

「……それに?」

「私は事は、ここにいる人達は全員知ってるから、多分見られてるのは坂下君の方だと思うよ」

「そ、そうか……」


 結衣は堂々としているなぁと航は思っていたが、彼女はこの場所に何度も来ているのだから緊張などしないのだろうと理解した。逆に見られているのは航の方だけという事が分かって余計に緊張してきた。

 ただそれとは別にもう1つ航は気になった事がある。周りにいる人達だが全員スーツを着ているのだ。


(さっき車を運転していた人は、スーツじゃなかったけど……)


 先程、車を運転していた女性は黒色の軍服を着ていてスーツではなかった。何か違いがあるのだろうか。

 そう思っていると、結衣の足が止まる。航が前を見るとエレベーターがのある場所に来ていた。すると結衣は鞄の中からある物を取り出す。


「坂下君、ここから先に行く前に、をつけてくれる?」


 そう言って結衣は、航に鞄から取り出した物を渡して来た。


「姫川、これって……アイマスク……だよな?」

「うん、そうだけど」


 結衣が渡してきたのはアイマスクだった。結衣はこれをつけてほしいと言っているが……


「えぇっと……何でまた……アイマスクを?」

「ここから先の場所なんだけど、には見せることができない場所なの。だからアイマスクをつけてほしいんだけど」

「いや、あの……姫川?、これつけたら俺何も見えなくなって歩けなくなるんだが……」


 何も見えない状態で歩けというのはさすがに無理がある。すると結衣は、それなら大丈夫と言ってくる。


「私が坂下君を誘導するから問題ないよ」

「ゆ、誘導って……いやぁ……しかしだなぁ……」

「だから、……つけて?」

「……はい……」


 結衣の視線に何やら有無を言わさぬ圧を感じた為、航はアイマスクをつけることにした。そしていざアイマスクをつけてみると思っていた以上に見えない。


「姫川、つけたぞ」

「うん、それじゃあエレベーターに乗るから」


 結衣は航に近づいてくる。そして……航の手を握って来た。


「ふうおぉ!?」


 思わず変な声を出してしまった。


「えっ……急にどうしたの?」


 結衣がそう言ってくる。顔は見えないが先程の航の発した声に引いているだろう。ものすごく恥ずかしい……。


「わ、悪い!、急に手を握られたから驚いたんだ!」

「あぁ、そうだったんだ。ごめんね」

「いや、こっちこそ変な声出して悪かった。だけど何で急に手を?」

「えっと、声で誘導するよりも、手を引いて誘導した方が良いと思って」

「なるほど……そういう事だったのか……」


 正直、何も見えない状態で手を握られて驚いた……というのもあるが、それにプラスして結衣に手を握られたから驚いたというのもある。

 

「それじゃあ、エレベーターに乗るよ?」

「分かった、頼む……」


 航は結衣に手を引かれてエレベーターに乗る。エレベーターに乗ると下降している感じが体に伝わってくる。そして電子音が鳴ってドビラの開く音がする。


「行くよ、坂下君。」

「あ、あぁ……」


 結衣にそう言われてゆっくりと手を引かれながら歩き出す。


「なぁ姫川、今の状態って他の人に見られたり……しないのか?」


 アイマスクをつけた学生が手を引かれてこんな場所を歩いている。傍から見れば変な奴と思われても不思議ではない。


「大丈夫だよ。今の時間帯はあんまり人はいないから」

「……本当に?」

「本当に。それにこの階から下にいる人達は良い人達が多いから、もし見られたとしても…………あっ……」

「……姫川?今、あって……」

「…………もし見られたとしても、問題ないよ」

「姫川さんっ!?」


 何か思いっきりスルーされたような……。

 ただそれ以上言うのは、やめておくことにした。




 それからも航は結衣に手を引かれながらゆっくりと建物内を歩いていた。時折、階段を下りたりしたが、結構な恐怖感があった。

 目から得る情報が遮断されるだけでここまで不安になるものなのかと航は感じた。

 そして、10分程は歩いただろうか。結衣の足が止まって握っていた手を離す。


「坂下君、アイマスク外していいよ」


 結衣にそう言われて航はアイマスクを外す。少し光による眩しさを感じるが直ぐに慣れ、目の前にある扉に気付く。


「姫川、ここって……」

「ここで1番偉い人がいる部屋……の前」


 結衣にそう言われて航は扉を見る。この部屋の向こうに結衣の言うがいる……。

 そう思っていると、結衣は扉にノックをする。


「支部長、姫川です」


 結衣はそう言うが、扉からは応答がない。結衣はもう一度ノックをする。


「……支部長、私だけど。例の彼、連れて来たんだけど」


 2回目は敬語じゃなくなっていた。しかし、やはり応答がない。


「…………」


 航が結衣の方を見ると、顔に若干の苛立ちが出ている……。結衣は、ため息をついた後にまた扉をノックする。


「支部長、入るからね」


 そう言って結衣は扉を開けて中に入っていく。航もその後に入っていくが、中の光景を見て……


「……えぇっと……」

「………………」


 中の光景を見て航は困惑し、結衣は無言になっている。


 部屋の中にあるデスクの上。そこには缶ビールの空が幾つもある。


 そして椅子には、がいた。



























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