第11話 非日常の始まり 11
午前の授業が終わり、校内は昼食の時間となっている。学生食堂で昼食を取る生徒や持参した弁当、または予め買っておいたパンなどで昼食を取る生徒など様々だ。
この学校では屋上の出入りは禁止されておらず開放されていて、休憩をする為のベンチがいくつか置いてある。また結構な広さがあり、部活などでも使われたりしている。勿論、周りは転落を防止する為の高いフェンスによって囲まれていて、安全対策は万全だ。
そんな屋上に何故いるのかと言うと、1人で昼食を取りたかった……という訳ではなく、とある生徒に付いていて行ったらこの場所に来たという感じだ。そして今は、その生徒と一緒に昼食を取っている。
黒髪ストレートのセミロングにスタイルの良い体つき、そして深紅色の瞳。
彼女の名前は、
(話したいことって何だろう?)
航はそう思いながら、弁当を食べている。午前の授業が終わった時、結衣に話したいことがあると言われて付いて来たわけだが、彼女が話してくれる気配はまだない。
航は結衣の方を見る。彼女が食べているのは、コンビニで買ったであろうパンで、横には小さなパック入りの野菜ジュースが置いてある。すると、結衣がこちらを向いて……
「坂下君って、いつもお弁当なの?」
「えっ!?、あぁ、そうだな……。うん、いつもそうだな」
結衣が唐突にこちらに話しかけてきたので、少し驚く。
「と言っても、母親が作ってくれるんだけどな」
「へぇ、そうなんだ」
「姫川……さんは、昼はいつも……」
「姫川でいいよ」
「そ、そうか?じゃあ……姫川は、昼はいつもそういう感じなのか?」
航はそう言うと、結衣は違うと言う。
「私もいつもはお弁当だよ。昨日忙しくて時間がなかったから、今日はコンビニで買った物だけど」
そう言って、結衣は野菜ジュースを飲む。
(昨日、忙しくて……か。それって……)
結衣の言葉に航は、昨日の夜の事を思い出す。
昨日の夜、航の家に近い公園で例の傷害事件の男から航を助けてくれたことを。
(話したいことって、やっぱり昨日の事についてなんだろうか)
そう思っていると、結衣は野菜ジュース入りのパックとパンの袋をコンビニの袋の中に入れる。どうやら食べ終わったようだ。そして……
「話したいことだけど……坂下君が食べ終わったら話すね」
そう言われ、航は自分の弁当箱を見ると、まだ半分以上も残っている。普段とは違う場所、そして違う生徒と2人で昼食を取ったからだろうか。
「悪い、急いで食べるから」
「いいよ別に、ゆっくり食べても。時間はまだあるし」
そう言うと結衣は、スマホを取り出して画面を操作し始める。
ゆっくり食べていいとは言われたが、待たせるのは良くない。航は弁当の中身を飲み物でやや強引に押し込み、急いで食べた。その結果……
「……うっぷ……、すまん姫川、待たせた……」
「……大丈夫?」
「大丈夫だ……。ちょっと無理に……押し込みすぎた……」
流石に全部を飲み物で押し込むのは、無理があっただろうか。少し気持ち悪くなったが、数分程過ぎると何とか回復した。
「それで姫川、話したいことっていうのは……?」
「うん、そうだったね。話っていうのはね」
姫川はそう言ってある事を言ってくる。
「坂下君、昨日の事は誰にも言ってないよね?」
姫川は、航の方を見ながら言ってくる。言葉には力が入っているように聞こえ、瞳には威圧感のようなものを感じる。航は少し気圧されながらもはっきりと言う。
「あぁ、誰にも言ってない」
航はそう言うが、結衣は変わらずに航の方を見続けている。
「本当に誰にも言ってない?」
「本当だ。本当に誰にも言ってないよ」
たとえ誰かに言ったとしても、ちょっと危ない奴として見られて終わりだろう。なら言わない方が良いに決まっている。
「……なら良いんだけど。言い触らされると後々面倒なことになるから」
「面倒な事?」
「そう、面倒な事。まぁ、言ってないならいいよ。じゃあ次。」
「えっ、次?」
「うん、次。体の方は大丈夫?」
結衣は航にそう聞いてくる。因みに先程の威圧感のようなものは、いつの間にかなくなっている。
「坂下君、昨日戦闘して体が動けなくなったでしょ?家に帰った後は、大丈夫だった?」
「あぁ、うん。ちょっと疲労感がまだあるけど、問題はないよ」
「そう、なら良かった」
結衣は航の言葉にそう言ってくる。心配してくれていたのだろうか。
「じゃあ、最後に……」
「あ、あの姫川?」
結衣が何かを言おうとしていだが、先に航が彼女に言う
「ん?何?」
「その……俺からも質問していいか?」
航はそう言うと、結衣は……
「良いけど……たぶん、坂下君の質問には私は答えられないと思うよ?」
「そう……なのか?」
「うん、そういう決まりがあるから」
そういう決まり。そう言えば昨日、助けてくれた時も航が聞いたらそう言っていた。決まりがあるから言えないと。
「……わかった。やっぱ、やめとくよ」
「そうしてもらえると、こっちも助かる」
「っていうか、さっき何か言おうとしてたのを邪魔しちゃったよな俺。すまん……」
航が謝罪すると、結衣は別にいいと言ってくる。
「それじゃ最後に。坂下君、今日学校が終わった後って時間ある?」
「今日?まぁ、大丈夫だけど……何かあるのか?」
航がそう言うと、結衣はベンチから立って少し前に出る。そしてこちらに振り返り、ある事を言ってきた。
「私と一緒に、ある場所に来てほしいんだけど」
「ある場所?」
何かと思ったら、お誘いだった。ただ、ある場所と言うのはどういうことなのだろうか。
「あの……姫川?ある場所っていうのは、どこなんだ?」
「ごめん、今はそうとしか言えない。だけど坂下君には来てもらって損のない場所」
結衣は航の方を見てそう言ってくる。航には損のない場所と。
「俺には損のない場所っていうのは、一体どういう……」
「坂下君、私に質問あるってさっき言ってたよね。」
「えっ?まぁ、そうだけどでもそれは……」
「その質問に答えられる場所」
結衣は航にそう言ってくる。航はどういう事だといった感じになっているが、結衣は続けて言ってくる。
「坂下君の質問には、今は答えられない。でもその場所に来てもらえれば、坂下君の知りたい事は、多分だけど知ることができると思う」
航は結衣の言葉を聞いて頭の中で考える。
正直言って場所の名前を教えてくれないのに、付いて来てなんて言われても付いて行く者は少ないだろう。普通に怪しいと思うからだ。
しかし航は、結衣の事を怪しいとは思えない。何故なら航自身、昨日非日常的なことを体験し、彼女に助けられているからだ。それに……
(それに、知りたい事もいろいろある……)
航を襲ってきたあの男は何者なのか、航の腕に着いたあの鎧のようなものは何なのか、航を助けてくれた結衣と周りにいた人たちは何者なのか、知りたいことは多い。それを知ることができるというのは、航にとって大きなメリットになる。
そう思っていると、結衣がスマホを見て……
「そろそろ午後の授業が始まるね」
と言ってくる。航も時間を確認すると、午後の授業開始10分前になっていた。
「まぁ、無理にとは言わないけど、もし一緒に来てくれるなら放課後にまた屋上に来て」
「あ、あぁ……分かった」
「うん、それじゃ教室に戻ろっか」
「そうだな」
航は弁当箱、結衣はコンビニの袋を持って教室に戻って行った。
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