第10話 非日常の始まり 10

 朝の学校の教室、その教室の教壇に1人の少女が立っている。

 黒髪ストレートのセミロングに深紅色の瞳。


姫川結衣ひめかわゆいです。よろしくお願いします」


 少女、姫川結衣はクラスの生徒達に自己紹介をする。そしてその後ろでは、担任の教師が黒板に彼女の名前を書いている。

 生徒たちは転校生に様々な反応をしているが、その中で1人だけ明らかに違う反応をしている生徒がいる。


(あの子って……確か昨日の……)


 坂下航さかしたわたるは彼女を見てそう思う。

 どう見ても昨日の夜、公園で例の傷害事件の男から助けてくれた少女だ。着ているのはこの学校の制服だが、あの黒い髪と瞳の色は彼女だろう。


(だけど何でこの学校に転校して来たんだ?)


 監視をするために来たのだろうか?と思っていると、担任が口を開く。


「姫川は、ご両親の仕事の都合で藍王市らんおうしに引っ越してきたそうだ。みんな、仲良くするんだぞ?」


 担任の言葉に生徒たちは、は~いと返事をする。航の2つ前の席に座っている元気少女も大きな声で返事をしている。


「えぇっとそれで、姫川の席は……あぁ、坂下の隣にある席だな。それじゃあ姫川、席に着いてくれ」

「はい」


 担任の言葉に返事をして、結衣は航の隣にある席に向かって行き、そして席に着いた。


「一応、授業で使う教科書とかは全部渡してあるはずだが、もし何か足りなかったら隣にいる坂下から見せてもらってくれ」

「分かりました」


 結衣は返事をすると、隣に座っている航の方を見る。そして……


「よろしく」


 と、クールにそれでいてどこか気怠そうに言ってきた。


「あ、あぁ……こちらこそ……」


 航は、少し戸惑いながらも返事を返す。


「それじゃあ転校生の紹介も終わったから、ホームルームを始めるぞ」


 担任の言葉にそういえば、まだホームルームをやっていなかったなと航は思った。というより転校してきた人物に驚いていた為、完全に忘れていた。


「えぇと、まず最初に……」


 担任がそう言い、朝のホームルームが始まった。




 ホームルームが終わると、結衣の周りには多くの生徒が集まり、彼女に質問攻めをしている。よく見るとほかのクラスの生徒も来ているみたいだ。


「姫川さんって、引っ越す前はどこに住んでたの?」

白皇市はくおうしに住んでたよ」

「白皇市って白皇高校がある所でしょ?お金持ちの人たちが通ってる。もしかして姫川さんって前はそこに通ってたの?」

「残念だけど違う。通ってたのは別の学校」

「姫川さんスタイル良いよねぇ。何かやってるの?」

「別に何もやってないけど……」

「ねぇねぇ、結衣って呼んでもいい?」

「いいよ別に」

「姫川さん部活ってどうするの?もし良かったら、うちの部活に……」

「ごめん、部活に入るつもりは無いから」


 次々と質問がきて、それに対応しているのを航は自分の席から離れて見ている。

 航の席は結衣の隣であり、今は結衣目当ての生徒達が多くいる為、前の席の方へ避難している。


「何人いるんだってくらい、人がいるな……」

「まぁ、転校生って珍しいからねぇ」


 航と一緒に喋っているのは、佐藤秀一さとうしゅういち。秀一の席も結衣の席に近い為、他の生徒の邪魔にならないように航と一緒に避難している。そして秀一の他にも……


「う~む……」

「むむむむ………!」


 何やら、唸っている生徒が2名程いる。善財福男ぜんざいふくお鈴城凛すずしろりんの2人だ。2人は結衣の方を見ていて、それぞれで別の反応をしている。


「お前らは、一体どうしたんだよ……」


 航が2人に対してそう言うと、福男がこちらを向いてある事を言ってくる。


「航氏、僕は二次元が好きなんだお」

「どうしたんだ急に?というかそれは知ってる」


 福男がアニメや漫画などの二次元が好きなのはもう知っている。なぜ今そのようなことを言ってきたのだろうか。


「逆に現実は辛いことばかりで嫌いだお。正直、現実はオワ〇ンだお」

「福男君……今さらっと、凄いこと言ってたような……」

「聞かなかったことにしとけ……」


 秀一の言葉に航はスルーを提案する。すると福男が…‥


「僕は現実が辛いだけだと思っていたんだお。しかし!……」


 福男は結衣の方を再び見る。そして……


「うむ、まだ現実も捨てたもんじゃありませんな!」

「そうか。それで凛はどうしたんだ?」


 福男をスルーして今度は凛に聞いてみる。こっちはこっちで何やら結衣の方を見て、むむむむ……!っと言っている。


「航ちゃん……!あの結衣ちゃんって子、私たちと同じ歳だよね?」

「それはまぁ……そうだろ、同じクラスだし。あぁでも、誕生日の違いで年上って事もあるのか」


 しかし、そうだとしても1歳差だ。別に変な事ではない。


「それがどうかしたのか?」


 航がそう言うと、凛は何やらふるふると震えて言ってくる。


「同じ年のはずなのに……私と結衣ちゃん!、ちょっと違いすぎないかな!?」

「…………はい?」


 一瞬何のことかと思い、敬語になってしまった航。しかし、結衣と凛を見比べて何となく理解をした。


「なるほど。お前、背が小さいもんな」

「ぐはぁっ!!」


 航の言葉に凛は、わざとらしく声を上げる。

「航君……そこまでストレートに言うのは……」

「そうだな……。すまん、悪かった」

「あ、いや全然大丈夫だよ!」


 落ち込んでいるかと思ったら、そんなことはなかった。


「でもおかしいなぁ。毎日牛乳飲んでるんだけどなぁ」

「凛氏、大丈夫だお。凛氏には、があるお!」

?あれって何、福ちゃん?」


 凛の言葉に福男は、フッフッフと言って……


「凛氏は運動が得意だお!。だから運動だったら負けてないはずだお!」

「お、おおおっ!なるほど!流石、福ちゃん!」

「フッフッフ、僕と凛氏の仲だお!」


 凛と福男は、お互いの友情を再確認したらしく、熱い握手をしている。


「航氏もそう思うよね!」

「えっ!?」


 福男にいきなり振られて、航は少し驚く。


「そう思うっていうのは……」

「凛氏が運動だったら負けてないって事だお!」

「あぁ……、えっと……」


 福男にそう言われた時、航は昨日のことを思い出していた。

 昨日の夜の公園、あの時の彼女の動き。明らかに運動が苦手ということはないだろう。


「……そうだな。多分、負けてないと思うぞ……」

「うむ、航氏もやっぱりそう思うよね!」


 福男は航にそう言うと、今度は秀一に同じことを聞いている。しかも今度は凛も一緒に聞いている為、秀一は困っている。

 航は心の中で秀一に頑張れと言い、結衣の方を見る。


 まだクラスの生徒達から質問攻めにあっていて、若干疲れが出てるような……気がする。ただ、それでも1人1人ちゃんと質問に答えてるところを見ると、根は優しいのかもしれない。


 そう思っていると、教室のドアが開いて1時間目の授業の教師が入ってくる。すると、結衣の周りにいた生徒たちは自分の席、または自分の教室へ戻っていく。航達も自分の席へ戻り着席する。


「はい、授業を始めますよぉ」


 教師がそう言い、今日も授業が始まる。ただ、いつもと一緒ではなく、隣には転校生がいる状態で。




「ふぅ、やっと終わった……」


 午前の授業が終わり、航はそう言って腕を伸ばす。そうしていると……


「坂下君」


 隣から声を掛けられて、そちらを見る。すると、隣にいる結衣がこちらを見ていた。


「あ、えっと……何かな?」


 航は一瞬、ビクッ!となりながらも結衣に対して言う。すると結衣は……


「話したいことがあるから、ちょっと付いて来てくれない?」

「えっと……今からか?」

「うん、今から。だめ?」

「だめって言うか……」


 航は目線を動かして周りを見る。クラスの生徒全員がこちらを見ている。恐らく昼食に誘おうとしていたのだろう。目線が痛い……。

 ただ目線を戻すと結衣がこちらを見ている。深紅色に瞳でこちらを……。


「……いや、大丈夫です」

「そう、良かった。それじゃ付いて来て」

「……はい」

「あ、お弁当も持ってきてね。昼食も一緒に取るから」

「……は、はい」


 結衣は昼食を鞄から取り出して先に教室から出ていく。その途中で他の生徒から誘われていたが、断っている。

 航も弁当を鞄から取り出し、周りの視線を気にしながら結衣の後に付いて行った。













































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