第7話 非日常の始まり 7

 目の前で起こっている光景を、坂下航さかしたわたるは気分の悪い状態で見ている。

 眩暈と疲労感は幾分かは回復したが、それでもまだ辛い状態だ。嘔吐感もまだ残っている。

 そんな航の目の前には、2人の人物がいる。


 1人はコートの男。フード付きのコートを着ているが今はフードが取れて顔が見えている。4m近い巨体に太い手足。特に腕は足よりも太く、通常の人間であれば余裕で潰せそうな大きさだ。

 しかしその腕は、両方とも負傷している。特に左腕が酷く、出血も多い。


 もう1人は突然現れて、航を助けてくれた少女。右手に日本刀を持っていて、フードの男の腕の傷は、彼女が付けた傷だ。


 2人は航の前で戦闘をしていたが、男が両腕を負傷したことで動きが止まった。


「なんなんだあの子。相手の男をあんな簡単に……」


 航は少女見て思う。自分の倍以上の大きさはある人間を見ても驚いたりしている様子はなく、攻撃をされても軽々と避けている。それもかなり余裕がある感じだ。

 そして相手を攻撃するのを、躊躇なく行っている。こういったことに慣れているのだろうか。


「……いや、慣れていたらそれはそれでやばいのでは……」


 人を躊躇なく傷つけるというのは、普通に考えれば異常な行為だ。ただ、航の目の前で起きている光景は、普通という概念を超えている。普通の人間は手や足、体を巨大化させることはできないし、そんな相手に戦いを挑もうなんて考えはまず起こらない。

 何より航自身、先程まで腕に鎧のようなものが着いていて、男を一度だけ吹っ飛ばしている。これだって異常なことだ。

 

「……ぐううっ……!」


 そんなことを思っていると、コートの男が声を出す。怪我の痛みが酷いのか、表情は辛そうだ。


「……お前……戦い……なれて……いる……」


 男は少女の方を見て、そう言う。動きが明らかに素人ではなく、実戦慣れしている。


「まさか……お前…………能力者か……?」

「だったら、何?」


 男の言葉に少女はそっけなく返す。ただ、否定はしなかった。


「……軍の……能力者……か……。少し……分が……悪い……」


 そう言うと男は、少女から少し距離を取る。そして……


「……ムンゥッ!……」


 男は体に力を入れる。すると両足がさらに大きくなる。

 少女は再び刀を構えて攻撃の体勢を取るが、男は少女ではなく航の方を見ている。


「……次は……必ず……潰す……」


 男は航に対してそう言うと足に力を入れる。そして次の瞬間、空中へ大きく跳躍をした。いったい何m飛んでいるのかと思うほど高い。男は何度も跳躍をしながら公園から遠ざかって行き、直ぐに見えなくなってしまった。


 公園には航と先程までコートの男と戦っていた少女の2人。周りの地面は、あちこちにひびが入っていたり、軽く陥没している。その他にも、多くの血の跡が残っていたりと、戦闘の跡を物語っている。しかし今はそんな戦闘があったのが噓みたいに静かだ。


「ふぅ、やっと行ってくれた……」


 少女がそう言うと右手に持っていた刀が光りだし、光の粒子となって消えてしまった。


「さっさと逃げてくれれば、こっちも楽だったのに……。ほんと、めんどい」


 何かを言っているようだが、航にはよく聞こえない。


「……ああそうだ。報告しないと」


 少女は左手で左耳辺りに触れる。


「こちら姫川。対象の能力者が移動を開始。追撃部隊を要請する」

「お疲れ姫ちゃん!後は他の部隊に任せてあるから、姫ちゃんはそっちに応援の部隊が行くまで、保護対象の能力者を守ってて!」

「……了解」


 少女は通信を終えると航の方へ振り向き、歩いて近づいてくる。


(えっ?ちょっと待て。こっちに近づいてくる)


 航は少し驚き、少女がなぜこちらに来ているのか考える。


(もしかして見てはいけない物を見ちゃったから、消されるとか!?)


 少女は、先程誰かと話しているような行動を数回行っていた。もしかしてその時に、航の始末について話していたのでは?

 そんなことを思っていたら、少女は航の目の前に来ていた。そして……


「ねえ、大丈夫?」


 と、声を掛けられた。

 航は、えっ?っと思い顔を上げる。そこには少女の姿があった。そういえば先程までは、ほとんど後ろ姿を見ていた為、少女の顔が分からなかった。しかも日が落ちていて暗かったので、余計に見えにくかった。だが今は、月明かりが出ていてはっきりと彼女の顔が見える。


 整った顔立ちをしていて、髪は黒色ストレートのセミロング。身長はそこそこ高く、年齢は見た限りだと航と同じ年だろうか。後、スタイルがとても良い……


(ってそうじゃない!そうじゃなくて!)


 一瞬現れた煩悩を無理やり消して、航は少女の顔を見る。正確には少女の目を見る。


 少女の目の瞳の色は深い紅、深紅色をしていた。


 航は少女の瞳を見て純粋に綺麗だと思った。例えで言えば、まるで宝石のように綺麗な瞳の色をしている。

 瞳だけではなく、月明かりが少女を照らしている為、全体的にどこか神秘的な感じにも見える。


「…………本当に大丈夫?」

「えっ?ああ……大丈夫!大丈夫!全然……平気……」


 航は無理やり立とうとするが……


「うわぁっっととと!?」


 足に力が入らず地面に手をついてしまった。体の疲労は、幾分かは回復したと思っていたが、どうやら違っていたようだ。


「無理しない方がいいよ。初めて能力を使ったから、体が慣れていないんだよ。それに魔力切れも起こしてるし」

「そ、そうか……わかった……」


 少女が何か気になる言葉を言っていたような気がするが、航は地面に胡坐をかく様にして座る。


「もう少ししたら、応援の部隊が来て家まで送れるはずだから、それまでは休んでていいよ。周りは私が見てるから」


 少女がそう言うと航は、ふうっと息を吐き方の力を抜く。それだけでかなり楽になった感じがする。そして再び少女の方を向いて


「えっと、さっきは助けてくれてありがとう」


 と、お礼の言葉を言う。


「別にいいよ。気にしなくても」


 少女はそう言ってくる。ただ、航の方を見ておらず周りを見ている。周りを監視しながら言ってくれていたようだ。


「こっちは任務で守っただけだから、礼なんて要らない」

「任務……もしかして警察か何かなのか?」


 忘れていたが今、藍王市には不審者による傷害事件が多発していて、航の通っている学校の生徒も襲われた為、学校近辺のパトロールが強化されている。少女はその関係者なのだろうか。

 すると少女は、周りの監視を続けながら答えてくれる。


「ごめん、それについては言えない」


 はっきりと少女は言った。航は少女の声が若干力が入っていたように聞こえた。


「そういう決まりがあるから、悪いけど」

「ああ、いや……。こっちこそ何か……ごめん」


 航は少女に謝る。ただ、少女は決まりで言えないと言っていた。決まりが厳しい所なのだろか。


「……っていうか、応援の部隊まだ来ないんだけど。何してるんだろ?こっちは明日の準備しないといけないのに」


 若干の面倒をあらわに、少女が呟く。


 それからしばらくすると、公園に2台の車が入ってきて停車する。片方は乗用車でもう片方の車は大きく、明らかに一般車両ではない。どうやら応援の部隊らしい。

 乗用車の方からは黒色の軍服を着た2人、もう片方の車はバックドアが開き、そこから6人の人達が降りてくる。6人とも黒のボディスーツ?の様なものを着ていて武装をしている。

 すると少女はそちらの方へ向かって行き、応援に来た人達と話し始めた。


(そう言えば、彼女も同じの着てるなぁ……)


 少女も同じく、体全体を覆う黒色のボディスーツの様なものを着ている。しかもかなりぴっちりとしていて、身体の線が露わに……


(何だろう、直視してはいけない気がしてきた……)


 そんなことを思っていると、少女は航の方へ戻って来た。ただ、1人ではなく応援部隊の1人も一緒に来ている。


「ごめん、ちょっと遅くなって」

「いや……全然大丈夫だから」

「そう?ならいいけど」


 少女はそう言うと、隣にいる人物の方を見て


「この人が車で送るから、家に帰って休んで」

「ああ、わかった。」

「後、今日あったことは他の人には言っちゃだめだから」

「あ、ああ……わかった」


 少女は言うことを言うと、それじゃあと言って踵を返し、再び応援部隊の方へ行ってしまった。


「それではご自宅までお送りしますので、車の方へ」

「は、はい、よろしくお願いします」


 航は車に乗り、そのまま家に帰宅した。


 そして帰宅した航に待っていたのは、母親からの説教だった。
































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る