第6話 非日常の始まり 6

 目の前に3m以上の大きさの男が倒れ伏している。

 そしてその男を坂下航さかしたわたるは、警戒しながら見ている。


 腕についている鎧を使い、相手の男の攻撃を防ぐことができた。それだけではなく、隙をついて接近して、男の腹部に攻撃をしたら男が吹っ飛んだのだ。自分の2倍の大きさはある巨体がだ。


「グッ……ウオオォォッ……」


 男は声を上げて、ゆっくりと立ち上がる。航の攻撃よって傷を負ったのか、顔は若干苦しんだ表情をしている。


「……お前……何処に……そんな……力を……もって……いる……」


 男は航を見て、苦しそうな表情で言う。


「……やはり……その……腕……か……」


 男の視線の先には、白銀の鎧を纏った腕がある。あの鎧が自分の攻撃を無効化にしているだろうか。

 男の視線に航は少し後ずさりをするが、直ぐに両腕を構えなおす。


(相手はまだ攻撃をしてくるのか。だけどこの鎧でまた防げれば……)


 攻撃を防げれば、先程みたいに隙を作って攻撃ができるかもしれない。航はそう思い、集中する。


 だが、次の瞬間、


「うっ!?」


 航は、いきなり強烈な眩暈に襲われ、堪らず片膝をつく。


「な、なんだ……。いきなり眩暈が……それに……体が……」


 眩暈だけではなく、強烈な疲労感を感じて体を思うように動かせない。

 一体どうしたというのだろうか。

 すると、航の腕に着いている鎧が光りだす。そして鎧は形を失い、航の腕から消えてしまった。


「はぁっはぁっ……くそ……何が……どうなって……!」


 航は片膝をつきながら言う。すると前方から足音が聞こえてくる。無論、こちらを襲ってきた男だ。


「……お前を……侮って……いた……。こちらも……全力で……いく……ぞ……!」


 男の体がまた大きくなる。1m程さらに大きくなり、威圧感が増す。ちょっとした巨人なのではと、思ってしまうほどだ。

 航は体を何とか動かそうとするが、眩暈と体の疲労がひどくて動けない。さらには少し嘔吐感も感じてきている。だが、男はこちらの事など気にもしておらず、腕を構えて攻撃の態勢に入る。


「はぁっ……はぁっ……や、やばい、流石に……これは……」


 攻撃を避けようにも、体が動かない。攻撃を防ごうにも、腕の鎧は消えてしまって防げない。そうなると残っているのは……


「……つぶ……れろ……!……グガアァァッ!!」


 男は、拳を振り下ろす。


 万事休すか。航は咄嗟に目を瞑る。そして男の拳が……


 当たる直前で航の体が動いた。いや、


「うわぁっ!?」


 航が目を瞑った直後に何者かに手を掴まれ、そのまま引っ張られるような感じで反ば強引に動かされたのだ。

 男の拳は航に当たらず、航のいた場所の地面に当たり、大きな音と共に地面にひびが入る。あのままあの場所にいたら、完全に潰されて命はなかっただろう。


「……グヌゥゥゥッ……。……なに……もの……だ……!」


 男はこちらに顔を向けて、そう言う。少し苛立っているように見えるのは、気のせいだろうか。

 ただ、男が見ているのは正確には航の方ではない。


 航の目の前に立っている人物の方だ。


 目の前の人物は、航に背を向けて男の方を見ている。そして右手に、一本の日本刀を持っている。本物の日本刀なのだろうか。そんなことを思っていると、目の前の人物が……


「……こちら姫川、対象の能力者を発見。これより対処する」

「了解。速やかに任務を遂行してください」

「姫川、了解」


 と、誰かとやり取りをしている。しかし、航には相手の声は聞こえない。


「作戦本部より姫ちゃんへ。姫ちゃん、ちょっといいかい?」

「…………何?」

「ちょっとちょっと、あからさまに苛立った声を出さないでよぉ~」

「はぁっ……。……で?何?」

「変わってない……。まあそれはいいか。姫ちゃん、その場所にターゲット以外に誰かいるかい?」


 目の前の人物……少女は、航の方に顔を向けて、何かを確認するように航を見てから再び前を向く。


「能力者が一人いる」

「能力者?もしかしてターゲットの仲間?」

「多分違う。襲われてたから被害者の方だと思う」

「あぁー……そっちの方か。う~ん……」


 先程からどんなやり取りをしているのだろう。航は目の前の少女を見ながらそんなことを思う。


「……わかった。姫ちゃん、任務を少し変更。被害者の保護を最優先。ターゲットは、取り敢えずその場から追っ払って」

「えっ、捕まえなくていいの?」

「いいよいいよ、ターゲットは別動隊に追わせるし、本部にはおじさんから言っとくよ。そんなわけだから、適当に追っ払っちゃって」

「はぁっ……。……了解」


 少女はため息をして、目の前の男に向き直る。男は少女を警戒しているのか、少し後ずさりをする。


「ねえ、取り敢えず今すぐここから立ち去ってくれない?」

「……なん……だと……!」

「私、今後ろにいる人の保護をしないといけないから邪魔なんだよね。だからさ、この場所から立ち去って?」


 目の前の少女は、男に対して言い放つ。すると男は怒りをあらわにして、少女に敵意を向ける。


「……ふざ……ける……な……!。……じゃ……ま……なの……は……おま……え……だ……!」


 男はそう言うと、自身の両腕をさらに大きくする。先程から攻撃が失敗の連続である所に、少女からの立ち去れという言葉。腕を大きくしたのも、怒りに任せて大きくしただけで、考えがある訳ではない。それ程までに男は、冷静さを失いつつある。

 しかし、対する少女はそんな男を見ても全く動じていない。むしろ、面倒くさそうに見ている。


「まあ、そうなるよね。仕方ない……」


 少女は、刀の切っ先を男の方に向ける。そして……


「悪いけど、無理やり追っ払うから」


 少女は刀を下ろして、攻撃の体勢を取る。


 そして次の瞬間、男の方へ一気に飛び出していく。


「……グウウウッ!?」

「なっ!?」


 男だけではなく、航も驚いてしまった。なぜなら少女のスピードが速いからだ。

 男と少女との距離はそれなりにあったはずだが、それを数秒で一気に詰めたのだ。


「……グウゥ……!……ウオオォォッ!!」


 男は咄嗟に左腕で少女に殴りかかる。しかし少女は、攻撃が当たる直前で右へ動き、攻撃をすれすれで避ける。しかもただ避けただけではない。


 攻撃を避けた瞬間、刀で男の左腕を切り裂いたのだ。


「グオオアアァァァァァッ!!」


 絶叫があたりに響き渡り、男は左腕を右手で押さえる。押さえたところからは血が出てきていて、腕を伝って地面に垂れている。

 航はその光景を見て顔を伏せてしまう。男の腕から血が垂れているというのもあるが、それよりも人が斬られるというのを実際に目の前で見てしまったからだ。勿論、切られた男は少女を攻撃したから斬られた訳で、逆に少女は男が攻撃をしてきたから斬った訳で…………


「うぅ……。なんか、さらに気分が……」


 右手で自分の口を塞ぎ、何とか堪える。人が斬られるのを実際に見るなど普通はないことであり、気分が悪くなるのは仕方がないのでは?と航は思う。

 しかし、そんなことを思っている最中も、男と少女の戦闘は続いている。


 いや違う。少女の戦闘が繰り広げられていた。


「グウウ……!グヌヌゥゥ……!!」


 男は少女に向かって何度も拳を放っている。右腕を使って、時には負傷している左腕も使って連続で攻撃をしている。左腕の怪我の痛みは、気にしていないのだろうか。それともそんな余裕もないのか。男は、巨体からの膨大な力で少女を潰そうと攻撃をする。


 しかし、少女は相手からの攻撃を軽々と避けている。それもただ避けているだけではなく、先程のように相手の攻撃をすれすれで避けたり、一定の距離を取ったりと様々だ。そしてそれらの行動を俊敏に行っている。


「確かにパワーはすごいよ。でも……」


 少女は男に向かって言う。無論、攻撃を避けながら。


「図体がでかい分、動きが遅い。それに、攻撃も単調だから分かりやすい」


 少女の左手に光る粒子のようなものが集まっていく。それらは瞬時に3本のナイフを形成し、少女は指と指の間に挟むようにして持つ。そして……


「だから、避けやすい」


 少女は、男に向かって左手に持っているナイフを投擲する。

 投擲された3本のナイフは、男の右腕に刺さり、男は苦痛の表情を浮かべる。刺さったナイフは光る粒子となって消えて、ナイフが刺さっていたところからは出血している。


「……ウッ……グウウウウゥ……」


 男は動きが止まる。両方の腕を負傷したことで攻撃ができないからだ。

 そして男の目の前には、少女がいる。自分の両腕を負傷させた少女が。


「言っとくけど、最初に付けた左腕の傷、浅くはないからね?手当もしないでそのままにしておいたら、死ぬよ?」


 少女は男に言う。男の左腕からは血が多く流れており、地面も流れ落ちた血で所々に赤い場所がある。


「それでも、まだやる?」


 少女は男に対して冷静に、それでいてどこか面倒くさそうに言い放った。


























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