第5話 非日常の始まり 5
日の落ちた夜道を、
「この時間、こんなに人っていないのか?車も殆ど通ってないし……」
普段この時間帯に帰らない為、実際にどうかは分からない。ただ、それでもやはり少ないようなと航は思う。いくら町から少し離れているとは言え、いつも帰る時間帯と比べると極端に少ないような……。
そう思っていると、航はあることを思い出す。今日の学校で担任の教師が言っていたことだ。
「そういえば例の傷害事件の影響で、この近辺を警察のパトロールが強化されるんだったっけ」
もしかしたら、規制が敷かれていてこんなに少ないのかもしれない。航はそう思ったが、ただその割にはパトカーといった警察車両を見ていない。パトロールが強化されているのであれば、1~2台くらい見てもいいと思うのだが……。
それに……
「う~ん、また体になんか違和感があるなぁ……」
航はそう言って自分の体に手を当てる。今日の朝と学校へ登校する時も、同じようなことがあった。どこも痛くないし辛くもない。しかし何か違和感がある。
「……何かの病気とかじゃないよな……」
流石にこの年でそういったことにはなりたくない。航はそう思い歩き出そうとするが、その動きが止まる。
「ん?」
航が前を見ると、1人の人物が立っている。フード付きのコートを着ており、顔はフードを被っている為見えにくい。
(あれ?あの人って、朝学校に行く時にいた?)
航はその時のことを思い出す。確かあの時は、こちらが見たらすぐに去ってしまったが、今はその様な素振りを見せない。それどころか、先程からこちらをずっと見ている。
(……なんかヤバそうな人だなぁ。関わらない方が良さそう……)
航はそう思い、この場から去ろうと歩き出そうとする。するとコートを着た人物が……
「ウガアアアアアァァァッー!!!!」
いきなりフードの人物が声を上げる。
航は驚き、動きが止まる。目の前の人物がいきなり声を上げたのだ。声は低めであり、おそらく男性だろう。そう思っていたら今度は右腕を構え出す。そして、目を疑うようなことが起きる。
フードの男の右腕が、いきなり巨大化したのだ。
「な、なんだよあれ……!?」
航は目の前で起きたことが理解できていない。相手の腕がいきなり大きくなった。元の3倍ほどの大きさにだ。
すると男は再び航の方を見据える。そして……
「ウガァッ!!」
声を上げ、航に向かって突進してくる。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
ってくれと航は言おうとしたが、目の前に巨大な拳が迫っていた。
航は咄嗟に体を動かし、ほぼ横へ倒れこむような形で回避行動を取る。その瞬間、航の頭の上をブォン!!という音を立てて、巨大な拳が通過する。どうやら間一髪で避けることができたようだ。
だが安心などしていられない。航は体を起こし、その場から直ぐに逃げ出す。後ろからは、男の咆哮が聞こえる。
「はぁっはぁっはぁっ!」
必死に足を動かし、逃げる航。後ろを振り返ると、先程の男が追いかけてきている。スピードはそこまで早くないのか、追いついてくる感じはない。ただ、距離を離してる訳でもないので、いずれは追いつかれる可能性がある。
「はぁっはぁっはぁっ!ああ、もうクソっ!」
普段は、ここまで全力で走ることはない。ましてや不審な男に追われて、恐怖を感じながら走るなど、これまでどころか今後あるかも怪しい。
それに、追ってくる男だが……明らかにおかしい。普通の人間は腕がいきなり巨大化などしない。見間違いかとも思ったが、あれだけ大きくなった腕を見間違いで済む訳がない。
そう思いながら全力で走り、普段あまり通らない人気のない裏道も通りながら逃げ、何とか男を撒こうとするが男はそれでも追いかけてくる。それに普段通らない裏道を通っている為、今どの場所にいるのか航には分かっていない。
裏道を通り逃げていくと、広い開けた場所に出る。
「ここは……確か……」
航は、息切れの状態で辺りを見渡す。周りには遊具や砂場、そして広場がある。航が今いる場所は広場で当然だが他には誰もいない。
「確か小さい頃、母さんや茜と遊びに来てた……公園か……」
家から一番近い場所にある公園ということもあって、よく遊びに来ていた。あれから10年近くたっているが、あまり変わっていないなぁと若干懐かしさを感じる。
だがそれは、一瞬にして消し飛んだ。何かが航の頭上を飛び越えて、目の前に大きな音を立てて着地したからだ。無論それは、航を追いかけてきたコートの男だ。
男は、こちらをゆっくりと振り返る。追いかけている時にフードが脱げたのか、今は素顔が見えている。髪は短く刈り上げで、顔はやや痩せこけている。目の下にはクマが出来ていて、健康的には見えない。
(なんでこんなことに……)
どうしてこのような状況になったのか。この男に自分は何か恨みを買うようなことをしたのだろうか。すると男は、低い声でこう言った。
「……お前は……能力者……だな?……」
「の、能力者?」
能力者、この男は確かにそう言った。
航はそう言われ、真っ先に思い出したのが今日の学校で
⦅『お前は、能力者だな?』って言われたらしいんだお……!⦆
襲われた生徒が警察の事情聴取でそう言っていたらしい。
(じゃあ、こいつが例の傷害事件の犯人なのか!?)
目の前の男を見る。男はじりじりと距離を詰めきており、航は後ずさりをする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は、その能力者って奴じゃない!」
航は男にそう言うが、男はこちらをにらみつけながら言ってくる。
「……嘘を……つくな……!。……お前からは……魔力を……感じる……。能力者である……証拠だ……!」
「ま、魔力?」
また新たな言葉が出てきた。魔力と言う言葉だ。そしてその魔力が航の中から感じるのだと男は言う。
(なんだよ魔力って!そんなもの俺は知らないぞ!)
航は心の中で叫ぶ。この男の言ってることが理解できない。だが、先程この男がやった信じられないことは間違いなく現実だ。
「……能力者は……倒す……。全員……倒す……!」
そう言うと男の腕が再び巨大化する。しかも今度は片腕だけではなく両腕だ。
(やばいっ!逃げないと!)
疲れている体を無理やり動かし、何とか逃げようとするが、
「……ウガアァッ!!」
それよりも男の方が早かった。拳が迫ってくる。避けられない。
「う、うわあああああぁぁぁっ!!」
咄嗟に両腕を交差させて顔を守ろうとするが、そんなものには意味はない。3倍近い大きさの腕から繰り出される攻撃を防げるわけがない。攻撃を受ければ、怪我をするレベルでは済まないだろう。下手をしたら……、
そして、男の拳が航に当たる…………。
と思ったその時、
眩い光が現れる。
「ウグァ!?……な、なんだ……この光は……!?」
男は攻撃をやめて、距離を取る。
よく見ると、光は航の両腕から発生している。
「なにこれ!?めちゃくちゃ眩しいんだけど!?」
目を開けることができないほど、両腕が光っている。だがその光は徐々に弱くなっていき、そして完全に光が消える。
航は目を開けて自分の腕を見る。すると……
「えっ?なんだこれ……?」
航は自分の腕を見て驚く。なぜなら鎧の様な物が腕に装着されているからだ。ゲームなどで出てきそうなファンタジーなデザインをしていて、色は白銀色。重さはそこまで重たくなく、腕は動かしやすい。
「どうなってるんだ……?こんな物、いつの間に着けたんだ……」
そう言っていると、コートの男がこちらを見て……
「……やはり……な……。……お前は……能力者だ……俺が……倒すべき……敵……だ……!」
男が両腕を巨大化させ、航に言う。そしてこちらを倒そうと突進して来る。航との距離はそこまで離れていなかった為、すぐに距離を詰められ逃げる隙などない。
航は再び腕を交差させ、防御態勢をとる。男の拳が腕の鎧に当たり、そのまま航は吹き飛ばされるかと思われた。だがしかし、そうはならなかった。
「……あ、あれ?」
男の拳は、確かに航の腕の鎧に当たった。丸太のような太い腕から放たれる攻撃をただの学生が受け止められる訳がない。
だが実際は、想像していたよりも弱い衝撃だった。
そしてその直後、体から何かが消費されるような感覚を航は感じる。
「……な……に……!?」
男は驚愕する。自身の攻撃を確かに当てた。それだけで相手の体は吹っ飛ぶはずなのだ。しかし、そうはならない。吹っ飛ぶどころか、その場から殆ど動いていない。何より相手にダメージが入っているようには全く見えないのだ。
「……ぐぅ……!……ウガアァッ!!」
男が咆哮をすると、今度は腕だけではなく体全体が巨大化していく。元の体の2倍の大きさはあるだろうか。
「マジかよ……。こんなのどうしたら……」
航は目の前の男、いや大男を見る。3m以上あるであろう身長は、大きな壁かと思うほどに大きく威圧感がある。
(だけど、こいつの攻撃はさっき防げた。もしかしたらまた防げるんじゃないか?)
そう思い航は、自分の腕の鎧を見る。未だにこれが何なのかは分からないが、何となくそんな感じがする。航は相手の男に両腕を構える。
「……ウ……グ……ガアアアアアァァァッ!!!!」
男から巨大な拳が振り下ろされる。普通の人間であれば軽々と潰せるであろうその拳は、航に向かって振り下ろされる。
航は腕を交差させて、防御態勢を取る。巨大な拳は、左腕の鎧に当たりそして……
「くぅっ!」
航は、何とか攻撃を防ぐ。先程の攻撃と比べると少しだけ衝撃が強かったが、それでも予想していたよりも弱い衝撃で、余裕で防ぐことができた。
そしてまた、体から何かが消費されるような感覚を感じる。
「……何故だ……!……何故……お前は……潰れ……ない……!?」
体格も力も男の方が勝っているというのに、倒すことができない。先程の攻撃もかなり力を入れて放ったはずなのだが、簡単に防がれている。男の拳は今も航の左腕の鎧によって防がれており、男は渾身の力を使っているが、びくともしない。
「グウゥ……!お前は……いったい……」
男は目の前の少年に対して、少しの恐怖を覚える。
今までこんなことはなかった。自分の力が全く聞かない相手など……。
そしてそのようなことを思っていたからか、男は油断をした。
航の左腕に力が入り、こちらの拳を押し返して来たのだ。
「ぐうっ!うおらあぁぁぁっ!!」
「ヌウウゥゥッッ!?」
航は左腕を払いのけるような感じで動かし、男の腕を押し返す。想像以上の力だったのか、男はバランスを崩してよろける。
(今……押し返せた?いや、それよりも今は!)
航はバランスを崩している男に、走って接近していく。正直何かを考えている余裕などなく、勢いのままに男に向かって行き、右腕を構える。
「うおおぉぉぉぉっ!!!」
そして男の腹部に右腕の拳を突き出す。その瞬間、
ドンっ!!という音と共に、男が吹っ飛んだ。
「グオオアアァァァァァッ!」
声を上げながら男が吹っ飛ぶ。3m以上はある巨体が2~3m以上は吹っ飛び、地面に落ちる。
男はもちろんだが、それよりも航がこの状況に一番驚いている。
自分よりもはるかに大きく力のある相手を、吹っ飛ばしたからだ。もちろん航にあんな巨体を吹っ飛ばす力など持っていない。つまり……
「やっぱり、これなのか?」
航の腕には、白銀の鎧が着いている。この鎧による力なのだろうか。まだ分からないことが多いが、少なくともこの鎧があれば相手の男に対抗ができる。
航は、目の前の起き上がろうとする男に対して、
「お、おいあんた!。こ、これ以上やるっていうなら、こっちも容赦し、しないぞ!」
と、若干情けない声になりながら、言い放った。
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