第7話 上弦の月(前編)

「行ってくる。」


「行ってらっしゃいませ、アズール様。今日も朝早いのですね。」


「ああ、帰りはまた遅くなると思う。家を頼んだ。」


あまり会話を交わさずにアズールは、玄関を出ていった。仕事が忙しいのか家にいることも多くなくなった。


「…今日も帰り遅いのかぁ…。アズール様が居ないと暇だなぁー…。はわわー。」


朝早くからの見送りであったため、ルナは盛大に大口を開けて腕を伸ばしながらあくびをした。


「さーて、アズール様も見送ったし寝るかなー。」


ルナはあくびの続きで腕を伸ばしながら、自分の部屋へ戻ろうとする。

ルナが振り返ると、すぐ後ろにはメイド長が立っていた。


「…おい、仕事しろ。」


「…ひっ。」


メイド長は低い声で脅すように言うと、ルナは伸びていた腕をゆっくりと下ろした。腕を下ろした流れの動作で、メイド長のことを上目遣いで見つめる。そして、目をぱちくりさせてメイド長に可愛らしさを伝えてみる。




そんな誤魔化しが通じる訳もなく、メイド長はニヤッと笑うと、ルナのメイド長に首根っこを掴えて歩き出した。


「掃除という仕事を覚えなさい?」


「…にゃ。」





メイド長と廊下を歩くさなか、メイド長は重い表情になって喋りだした。


「…アズール様、お父様を亡くなってから仕事が上手く回っていないみたいです…。お父様は仕事のパートナーでもありましたが、アズール様の知らないところで、親としてアズール様の仕事が上手く回るようにサポートをしていたみたいでした。」


メイド長はアズールを心配しているようで、重い表情は晴れないままであった。

その表情を見て、ルナも真剣な表情となってメイド長の気持ちに答えた。


「…そうなのですか。私たちメイドは自分達の出来ることでアズール様を応援するしかないですね。」


真摯なルナの発言を聞くと、メイド長は少しニヤッと口角を上げた。


「分かっているじゃない?それでは、"掃除"ができるようになりなさい?」


「…なんか嵌められた気分がしなくもないです、メイド長…。」




★ ★ ★ ★



掃除を少ししたところで、ルナは叫んだ。


「掃除疲れました!!休憩です!!」


周りのメイド達は各々窓を拭いたり、掃き掃除をしたりと動いている。

ルナも手に持った布巾で窓を拭いていたが、切り良く窓を拭いたところ手に持っていたで布巾をバケツに戻した。


ルナの発言を聞き付けたメイド長は、怒りながらルナに向かって近づいてくる。


「早いわ!まだ全然終わってないわ!」


メイド長の怒りが周りのメイド達にも伝わるのか、少し空気が引き締まる。メイド達の手は止まってしまい、ルナの方に視線が集まった。


「メイド長!私、買い出しに行きます!はじめての掃除はこのくらいがベストです!」


ルナは綺麗な目を光らせながら、まっすぐメイド長を見つめる。メイド長の怒りには屈しない力強さを感じさせる。


「勝手にベストを決めるな!」


メイド長は、ルナに向かって大きな声を出した。

空気がさらにピリッとした。


しかしルナの意思は固いようで、真っ直ぐにメイド長を見続ける。窓から入る光で、先程よりも目が光って見える。

メイド長は少し表情をやわらげ、ため息をついた。


「…まぁ、ルナにしては頑張った方か…。買い出しが必要なのも事実だし、ルナには買い出しに行ってもらおうかしら…。」


メイド長は怒りを鎮め、ルナを買い出しへとやることにした。他のメイド達も異論はないようで、

とりあえずメイド長の怒りがおさまった事に安堵して、止めていた作業を再開させた。



「私は、私に出来ることをします!!」



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