第6話 満月
「アズール様ー!見て見て!ダブル肩乗り猫さん!」
アズールの部屋へやってきたルナは、両肩に猫を乗せて歩いてやってきた。
手を広げながらゆっくりとクルクルと回って歩いてきて、アズールへ猫たちを見せつける。
猫たちは、落ち着いた様子でルナの肩に座りながら、ルナの頭を撫でたり、欠伸をしている。
1匹は前々から住んでいるブラン。もう1匹は洪水の際に拾ってきた猫が乗っている。
ブランを両肩に乗せた猫と自分の姿を見せつける。
「これで私も曲芸師になれるかもしれないですね!アズール様すごいでしょ!」
ルナは撫でて褒めて欲しいと言うように、アズールへ向かって頭を差し出してアズールの反応を待つ。
「…ルナ、そういうことが出来るようになって欲しいんじゃないんだよ…。…すごいけれども、家事の方を頑張ってくれ…。」
アズールは差し出された頭を渋々撫でながら、呆れた顔をしながら言う。
「うふふ。褒められた!私は猫使いだにゃー。」
その時までは、いつもの日常であった。
アズールとルナが戯れていると、息を切らしたメイド長がアズールの部屋へ慌てて飛び込んできた。
「アズール様!!…お父様が危篤の状態です。もう先は長くないかと言う連絡が入りました…。」
部屋の空気はいっぺんに凍りついた。
アズールの和やかな表情が無くなり、固まってしまう。
ルナの肩に乗っていた猫たちは何かを察したのか、ルナの肩からゆっくり降りて、部屋の外へ出ていった。
ルナもどうしたら良いかと、姿勢を正してメイド長の方を向いて話を聞いた。
「…親父が…?」
アズールの絞り出した声。
「…はい…。急ですが、支度をして頂きお父様の所へ向かいましょう。」
血の気が引いた顔をしながら、アズールは引き出しから服をぐしゃぐしゃに放り投げながら急いで服を探す。
周りを気にせず服も脱ぎ散らかし、直ぐに外行きの服を来て、メイド長と一緒に部屋を駆け出して行った。
「…いってらっしゃいませ…。」
ルナはかける言葉が見当たらず、見送る言葉だけを吐き出し、アズールの部屋でしばらく立ちつくしていた。
★ ★ ★ ★
アズールは幼少期に母を亡くしていた。
兄弟もおらず、家族は父親1人だけであった。
父親は、1人でアズールを育ててくれた。
唯一の救いは、父親が資産家であったということだ。色々な事業を持っており、お金に困ったことは無かった。
アズールが大きくなると一部の事業を譲り、次第に親子から仕事のパートナーのような関係になっていた。
大きな屋敷の一室。
落ち着いたシックなデザインのベッドに、アズールの父親は横たわっていた。
アズールが父親の元に着くと、既に父親の意識は無かった。
「親父!!死ぬんじゃねえよ!」
いつもの冷静なアズールからは考えられないほど感情的になっていた。
相当走って来たのであろう。髪は乱れ息も整っていなかった。
「…残念ながら、この様子だと今晩は越えられないだろう…。」
ベッドの横に立っていた医者から告げられる。
アズールは、父親の反応が返ってこないことを見ると、その場に力なく膝を着いた。
「…俺を1人にしないでくれよ…、親父…。」
★ ★ ★ ★
ちょうど満月の夜だった。
アズール様のお父様は息を引き取った。
ルナはいつものように、バルコニーに座って月を眺めていた。
自分の屋敷へ帰ってきたアズールは、電気も付けないままバルコニーへとやってきた。
何の音も立てず、とても静かな様子であった。
「…親父が死んだよ。…どうしようもなかった。事故にあったらしい…。詳しくは聞いていない。」
アズールはどれだけ泣いたのだろうか、月明かりに照らされた顔は、目の周りが殴られたように腫れていた。
俯いてももう涙も流れないだけ泣いて、涙も涸れているようであった。
かける言葉が見つからない。
「…はい。そのようですね…。」
しばらくバルコニーで二人で座り込み、月を見上げていた。
「…私が様に拾われた日を覚えていますか。」
空には、満月が綺麗に輝いている。
「…アズール様、今夜は月が綺麗ですね。」
「…月はいつも見ているだろ…。」
少し顔が赤らんだのか、はっきりとは見えないがアズールは続けた。
「……あぁ、月は綺麗だ。ただ、あんなに綺麗なのに遠くから見てるしかできない。近くて遠い。月にはなかなか手が届かないよ…。」
「…そうですね。遠いです。」
「…最近は仕事でしか親父と付き合いがなかったが、月を見上げると親父を思い出す。小さい頃は月が出るまで遊んでくれたものだった…。」
雲が月を覆い隠してしまった。
辺りが少し暗くなる。
「…もう会えないんだな。親父とは…。」
アズールの目からは、もう涙は枯れていた。
「…きっと、お父様は空からアズール様を見守ってくれていますよ。あのお月様のように…。」
涼しい風がふきぬける。
静寂がその場を包む。月が隠れてしまうと、とても空は暗かった。
アズールが悲しそうにするのを見ていると、いたたまれなくなり、ルナは冗談を言う。
「…月が見えないなら、いっそロケットで月まで行ってしまいましょうか?」
アズールは目を丸くしてこちらを見た。
私は話を続ける。
「月へ行って、お父様と談笑でもしてきてくださいよ。月は重力も少ないそうですよ!話も大きく弾むことでしょう。な〜んてね、ふふふ。」
アズールは黙って話を聞く。
「その時は一緒に私も連れて行って下さいね。
私もお父様と私も話してみたいですわ。」
「…なにそれ?」
アズールの顔に少し笑顔が戻ったようだった。
「ルナは意外とロマンチストなんだね。ルナが言うなら、月は意外と遠くないかもね。いつか一緒に行こう。」
雲が通り過ぎ、覆い隠されていた月がまた綺麗に輝き出した。
今度はアズールからるなへ向かって話しかける。
「…月、綺麗だね。」
「はい。とても綺麗です。」
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