第5話 昼月
川の流れが早くなったことで、足を地面に付けても立つことができなくなり流されている。猫さんを手に持ったままじゃ流石に泳げない。
しかし、猫さんを離すと、この子は泳げず溺れて死んでしまうことでしょう。
どうしたらいいの…。
川に流されながら、どうにか立とうと踏ん張るが何度やっても上手く行かない。服が濡れてしまい体が重い。かろうじて水の中から顔だけは出しているのだが、段々とそれも難しくなってきた。もうダメか、溺れてしまう。…もう、諦めるしかないか…私も猫さんも運が悪かった…。…ごめんね。
…とその時、腕を強く手が引っ張られて川の外へと連れ出された。引っ張ってくれたてはとても力強く、逞しい腕であった。
片腕で逞しい腕にしがみつき、猫も私も無事に急流の川から抜けることができた。
幾分か水を飲んでしまったのだろう、息が吸いずらい。とても苦しい。下を向いて飲んでしまった水を吐く。
「ごほっごほっ…。」
情けない。けど、猫ちゃんが無事そうで良かった。それが救いだ。
あと、助けてくれた人に一言お礼を言わないと。
「…ごほっ。危ない所でした。これ以上流されたら助からなかったかもしれないです。助けて頂きありがとうございます。貴方様は命の恩人です。本当にありがとうございました。」
咳き込みながらお礼を言うと、一拍置いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…おい、ルナ。心配したぞ。なにしてるんだよ。そんなに濡れて。また別な猫連れてるし。」
「…この声…聞き覚えが…?」
上を向くと、そこにはアズールが立っていた。
助けてくれたのは、アズールであった。
「あれ、アズール様。助けてくださったのはアズール様だったのですね。ありがとうございます。」
アズールはルナ達を助けるため、自分が被っていた傘も捨てて、川へ入ってくれたようであった。アズールも大雨の中川へ入ったことで、全身が濡れていた。
「ふふ、アズール様、びちょびちょですね。」
少し安心した私は、思わず笑ってしまった。
「濡れたのは気にするな。こいつを探して大雨の中飛び出したんだろ?危ないから、バカなことすんなよ!」
アズールの足元にはブランの姿があった。
ブランのふかふかの毛並みは雨に濡れて、いつもより一回り体が小さく見えた。
どうにかアズールの体を使って雨宿りしようと、アズールにピッタリとくっついている。
「…あ、ブランちゃん!見つかったんだ!良かったぁ…。」
そこまで言うと、私は気を失ってしまった。
★ ★ ★ ★
…暖かい。ここはどこだろう。
目を開けてみると、見慣れたベッドの中にいた。
私、部屋に帰ってきているみたい…。
「やっと起きたか。」
横を見ると、すぐ隣にアズールの顔があった。
アズールはベッドの横に椅子を持ってきて座っていた。
「ニャー。」
足元から猫の声が聞こえた。
「アズール様…。あと…見慣れない猫ちゃん…。あ!私が助けた猫ちゃんだ!綺麗になったね!良かった!」
起き上がり、猫を抱き上げる。
綺麗に洗われたであろう猫は、愛想良く微笑みかけてくれた。
「また別の猫に気に入られて、ルナはマタタビの匂いでもつけてるのか?」
「そんなわけないですよ!」
「寝てるお前に猫たちが寄っていってな。しょうがないから、ここで猫と一緒にお前を見てた。」
アズールは少し顔を赤らめながら、そっぽを向いた。
「そうなのですね…。仕事はどうなされたのですか?」
「今日は休みにした。気分が乗らない。」
アズールは、子供が駄々をこねるように言った。
「お前が寝込んでるから、猫の面倒も見なきゃいけないしな。早く体調を治せ。俺も忙しいんだ。早く良くなって、お前が見つけてきた、この猫の家探しに行くぞ。」
「…はい。」
体調がまだ戻っていないのか急に目眩がして、ベッドに倒れた。なかなか焦点定まらない。アズール様が何か大事なことを言ってる気がするけど、頭がボォーっとしていて分からない…。
アズールは気づいていないのか、猫と戯れている。
…アズール様は猫が好きなんだな…。
「…アズール様は、猫がお好きなんですね…。…私も一緒に大事にして欲しいにゃー…。」
熱に浮かされて変なこと言ってる私…。
…アズール様のほぉが少し赤くなってる。
猫萌えなのかな…?
あぁダメだ…。私もう頭が回らないや…。
アズール様にあとは任せよう…。
窓の外には、昼だと言うのに三日月が明るく見えた。
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