第2話 幾望の月(後編)

しばらく猫と併走して歩く。こちらの歩調に合わせてくれているようで、私が少し歩くと猫は止まって待っていてくれる。


「こんな綺麗な猫ちゃんを飼っているなんて、とても裕福な家なのかしら?」


猫について歩いていくと、川をのぼった先にはとても大きな屋敷があった。

敷地内へ入る前に大きな門があり、屋敷を閉ざしていた。


「わぁ〜。町外れに、こんな大きな御屋敷があったんですね。」


猫は屋敷の門をくぐって、中へと入っていった。


「そっか…、こんな大きい御屋敷に住んでいるんだね猫さん。猫さん、あなたはとっても幸せね。」


「にゃんにゃん。」


猫はくぐった門の上へ飛び乗り、門の上で丸くなって座った。


猫を見上げる形で門を見上げると、門の上の方にメイド募集と書いた張り紙があった。



〜急募!!猫の面倒見れる方募集!!1名!!〜



「…お仕事の求人だ。」


今日は休みと決めた後なのに、仕事の求人を見つけてしまうとは、気が滅入る…。


「ん?猫の面倒って、きっとこの猫ちゃんのことよね。この子の面倒を見るお仕事か。…夜のお仕事以外で仕事が貰えるのなら、ダメもとで聞いてみようかな…。」


★ ★ ★ ★


ドンドン!!

大きな門を全力で叩いてみているが一向に誰も来る気配が無い。


「この求人って募集しているのよね…?全然誰も来ない…。諦めるか…。」


途方に暮れて門の前に座り込む。門の上の方に貼られた求人のチラシを見上げる。

もうすぐ日が暮れるのか、月がもう見え始めていた。


「…私を見ててくれる人なんて誰もいないよね…。猫さんもどっか行っちゃったし…。」


門の前でしゃがんでうずくまる。

仕事の面接で断られ続けると、自分が必要のない人間なんだと言われているようで心が大きく削られる。削られた部分は悲しさが埋めていく。

そして、心が悲しい気持ちで溢れると、体が動かなくなる。体の力が抜けてしまい、私はしばらく動けずにうずくまっていた。


「…可愛い猫さんに会えただけで、今日はいい日だった…。」


せめて楽しいことを思い返すことでどうにか元気を出すことにした。

諦めて、今日は帰ろうと思ったその時、後ろから声をかけられた。


「遠くから聞こえていたが、何回も何回もうるさいぞ。ノックは1回すれば分かる!お前は誰だ?何をしに来た?」


門の中からではなく、門の外から若い青年がやってきた。

青年は青い短髪をしており、買い出しをしたのか沢山の荷物を持っていた。


この家の家主であれば、このチャンスしかない。ずっと待っていたのだ。ダメ元で聞いてみよう。

…今日2回目のお断りを受けたとしても…。


「…あ、あの、初めまして。猫を追いかけていたらこの求人を見つけました。どうか私に、猫のお世話をさせて下さい。もし猫のお世話係が間に合ってるようでしたら、猫のお世話以外でも何でもやります。どうか働かせて下さい。」


私は勢いよく頭を下げた。

頭を下げた目線の先、気づいたら猫は私の足元におり、しっぽを私に擦り付けながらグルグルと私の周りを回っている。


「へぇ。こいつが懐く人間もいるんだ。すげぇじゃんお前。働きたいって言うならいいよ。雇うよ。ついでだから、家事全般をやってくれよ。メイドってやつ?」


青年は二つ返事で良い返事をくれた。


「…え?は、はい?え、良いんですか!私働いても良いんですか!ありがとうございます!一生懸命働かせて頂きます!!」


嬉しさのあまり何度も何度も頭を下げる。

ヘビメタのヘッドバットのようであった。


「なんか、お前大袈裟だな?まぁ、こいつに気に入られるってことは、相当心が澄んでる奴なんだと思うよ、お前。是非働いてくれ。この家にはお前が必要だ。」


真っ直ぐに私の方を見て、青い髪の青年はそう言った。

くりくりと丸い青い目。見つめられると吸い込まれそう。


「…私を必要と…。…はい、そう言って頂けるなら本望です。何でもさせて頂きます。喜んで尽くさせて頂きます!私はルナと言います。これからよろしくお願いします。」


吸い込まれそうな青い目を見つめて、私も目をそらさずに応える。

私を必要としてくれる人がいた…。そう思うと、とても嬉しい気持ちになる。

今まで、何度も何度も必要ないと否定されてきたが、初めて必要とされた…。

気づくと私の目から涙がこぼれていた。


「……お前?ドライアイなの?目開きすぎだよ。瞬きくらいしなよ?俺はアズール。この家の主人だ。これからよろしく!」


「…ド、ドライアイなんかじゃないですよ!違います!デリカシー無い人ですね!」


こうして、私はアズール様の元でメイドとして働くこととなった。


太陽も落ちて、辺りは暗くなり始めていた。

空気はとても澄み渡り、雲ひとつない。

東の空には幾望の月が登り始め、綺麗に輝いていた。

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